でっきぶらし(News Paper)

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アメリカバイソン 〜ラッドよやすらかに〜

(鈴木和明)
飼育日誌より
4月1日
ラッド、放飼場で倒れ、起き上がれない為、4〜5人で立たせて、入舎させる。食欲なし。
4月2日
ラッド、外に出せず。立つのがやっとの状態。呼吸荒くなる。食欲なし。
4月3日
ラッド、ついに自力で立てなくなる。呼吸荒く、よだれが多量に出る。
4月4日
ラッド、
AM8:30 座ったまま、首も上げない。カベに背をもたれかけている。
入室すると、目だけ少し動かす。
呼吸も弱くなって来た。
AM10:00 目を閉じ腹部が少し動く程度。
AM11:00 眠っている様子。
AM11:20 死亡確認。

昭和57年4月4日AM11:20アメリカバイソンのオス(愛称・ネブラスカラッド)12才と10ヶ月の生涯を閉じる・・・。
人間でいえば、50才ぐらいに相当するだろうか。
ラッドの死因は、基底細胞癌(皮膚ガンの一種)による衰弱死でした。
ラッドに症状があらわれ始めたのは、昨年1月のことでした。右角の付け根に小さな膿がついているのが発見されました。その時は、さほど気にも止めず、単なる擦過傷程度にしか考えませんでした。その傷も、いつのまにか消えてしまいましたが、まさか、1年後に1トンもあろうかという、アメリカバイソンの体重を半分にしてしまい、あげくのはてに命まで奪ってしまう、おそろしいガンの初期だとは、だれもが知るよしもありませんでした。
再び症状が出始めたのが、それから半年後の8月でした。同じ所に膿が発見されたですが、その時も擦過傷だと考え、消毒を繰り返してきました。しかし、9月に入っても傷は良くならず、悪化していきました。そこで、もっと積極的に消毒をする必要があると考え、傷のまわりの毛を刈ったり、薬ももっと効力のあるものをと、いろいろ変えてみたりしましたが、症状は良くなるどころか傷は日増しに大きくなり、膿もさることながら、ショウ液と言われる透明の粘液と、ラッド自身気になるようで、石や柵で患部をこする為それによる出血とで、右顔面はまるでお岩さんのようにみにくくなり、目をそらしたくなるような状態でした。
そして、12月傷があまりにも大きくなってきた為、腫瘍の撤去手術をした方が良いということになったのですが、ただ大型草食獣に麻酔をかけることは、その動物に対して非常に危険が伴う為、慎重に何回も打ち合わせをして、12月11日に手術決行となりました。手術は約3時間にわたって行われました。その後、しばらくは経過も良好でしたが、20日過ぎたあたりから再び腫瘍ができ始め、以前よりさらに大きく、ショウ液、出血共に量が増えてきました。腫瘍ができるスピードは、以前とは比較にならない程早く、そしてラッド自身、この頃からやせが目立ち始めてきました。
12月11日の手術の時、腫瘍の一部を静岡市立病院に持って行き検査してもらった結果、「基底細胞癌」と判明。ラッドは単なる擦過傷ではなく、不治の病の癌だということが、この時はじめてわかりました。病名がはっきりわかっても、いや、はっきりわかったから、なお良い治療法が見つからず弱り果ててしまいました。
そうこうしている内にも、癌は情け容赦なく、ラッドの身体を蝕み続け、腫瘍は右顔面から首の方にも広がり、その大きさはバレーボールの半分程の大きさにもなってきたのです。
ラッドは、食欲はありましたが、食べた栄養はすべて癌にすいとられてしまう感じで、あれほど頑丈だったラッドの体が、日増しにヤセていくのがわかるのです。尻の肉や背中の肉が落ちていく分だけ、顔面や首にできた癌細胞が大きくなっていくのです。
ラッドが可哀相、何とかしてやりたい、してやらなくては・・・憎っくき癌のやつめ、今に見ていろ・・・!いくらそう思っても、なすすべもなく、ただ見守るだけ!一番つらく、苦しいのはもちろんラッド自身には違いないのですが・・・長年担当してきた飼育係にとって、動物が苦しみ、そして、その苦しみとたたかっている時に、なにも手をかしてやることができない。ただ苦しんでいるのを見守っているだけというのも・・・。
2月後半からは癌はさらにラッドの体をむさぼり続け、ついには口のまわりまで広がり、今まで食欲のあったことだけが救いだったのが、今度は、思うように口が動かない為餌も食べられなくなってしまった。癌は、餌から栄養が取れなくなると、ラッドの体に残った栄養をしぼり取り、首から後は見るも哀れな、骨と皮だけとなってしまったのです。
死後の検査で、癌は2〜3年前からあったとのことです。事実解剖の結果、前足から上はすべて癌に犯されていて頭や顔面の骨の上は、すべて癌におおわれていたのでした。「よくここまで生きたものだ。」と感心させられました。
44年の開園時生後3ヶ月で来園し、13年間で11頭の仔をもうけ、日本各地にラッドの血を引いた子孫を残し、日本平動物園の為に大いに活躍、貢献してくれたラッド。『りっぱだったぞ、ラッド!』『ありがとう、ラッド!』なきがらを前に何度も言ってやりました。

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