187号(2009年04月)5ページ
<病院だより> ザブトンの骨折
のそーのそーっと手足を動かす小さな姿が人気の夜行性館の人気者のスローロリス。
4頭で暮らしていましたが、1歳4カ月になるナゴミが先日、名古屋の東山動物園にお嫁に行きました。あれ?でも夜行性館には2頭しかいませんね。実は、1頭はワケありで入院中です。
秋頃まで4頭で展示していましたが、うち1頭の肩に1円玉大の傷が。丸く赤くすりむけ痛々しい。薬を塗ってもなかなか傷が乾いてきません。傷が乾かない原因を探るべく飼育員さんと観察の日々。
「どうやらなめられているようだ、あのデカイやつに!」飼育員さんの目撃情報により犯人が特定されました。4頭の中でひときわ体の大きな個体がホシです。
朝の餌の時間に起きてくるところを張り込み中に、「あぁ!なめてる!」ホシは傷口だけをしつこくなめ続けます。逃げても追いかけてきます。
「傷口から出る液がおいしいのかな?」と思いましたが、このままでは傷が治りません。なめるのも止まりません。傷がきれいになるまでなめさせないためにホシを隔離し入院させることにしました。
入院後、傷口はすぐに乾き今は毛も生えきれいになっています。
入院してきてびっくり。大きいとは思っていましたが、体重1.2kg。他の個体の倍近くあります。体が大きいだけでなく、肩にロボットの肩パットみたいな脂肪のかたまりがぼっこりついています。
「ブーブー」何の音かと思いましたが、この子の呼吸音です。時折、呼吸が荒い時もあります。「太りすぎでは?」健康管理のため、入院を延長することになりました。
ある日、ケージに張られた個体情報のところに「ザブトン」と書かれてあります。「?」病院飼育員に聞くと、「ザブトンみたいだな」という他の飼育員の一言で入院中の愛称が決定したとのことです。確かに、座布団。大笑いです。
ザブトンなんて言われるわりに性格は臆病。体重測定などのときにはものすごく怯えて威嚇します。見た目と性格の落差にも笑えます。愛称がついたことで私たちのザブトンへの興味や愛着も深まり、ザブトンも私たちの処置に慣れてきてくれました。
今日も無事に終わる・・と思いかける夕方いつも事件は起こります。私は休みだったため後日聞いて、見てびっくりでした。
ケージの扉にザブトンの腕がはさまり、宙づりになっていたそうです。体重に耐えきれず、腕がボキリと折れてしまいました。すぐに麻酔をかけ、折れた2本の骨にピンを入れる手術をしました。
ザブトンの体格とはいえ、細い骨。ピンを通すのは難しかったとのことです。この大手術、先輩が言うには何より時間がかかったのはギブスを作りはめることだったそうです。
「ザブトン・・・」翌朝、ごめんなさい。姿を見てまずは大笑いしてしまいました。ちょうど大きなおもちゃのボクシンググローブを左手にはめたような格好です。骨折カ所の腕だけでなく、動かさないようにと手のひらにまですっぽり白い大きな包帯グローブ。しばらく、注射で腫れを抑える治療が続きました。
術後2カ月程経過し、傷口はすっかりきれいになりましたが、肝心の骨はなかなかきれいにくっつきません。レントゲン撮影をして経過を見ていますが、「今日こそ、ギブスが外せる!」と期待した先日も、新しいギブスを作りなおす結果でした。今は手のひら部分がない腕のみのギブスで見た目もだいぶすっきりしています。
ザブトンが入院してきたことにより、病院飼育員のスローロリスへの興味はものすごく膨らみました。東京で開かれたスローロリスの勉強会に休みの日に行ってきたほどです。どうやらその勉強会の中でも、体重1kg以上あり、肩パットをしたブーブー呼吸するスローロリスは紹介されなかったそうです。大人になって来園したときには既にこの体格だったため、ザブトンの不思議は深まるばかりです。
ザブトンが退院し、みなさんに会えるようになるまでにはまだもう時間がかかりそうです。寝ている時間が多く、動きもゆっくりですが、手の力は強いです。少しの動作でも腕には大きな負担がかかるはず。
ブーブー眠る背中を見てはギブスの中の骨の状態を気にする日々です。どうかどうか、無事ギブスが外せますように。そして退院して「あ!ザブトンだ。大きい」とみなさんに笑ってもらえますように。
(長倉 綾子)