190号(2009年10月)5ページ
病院だより ご長寿!ツチブタおじいちゃん
獣医の仕事は毎朝、園内の見回りから始まります。「今日も元気かな?夕ごはんは残さず食べてあるかな?」動物達に声をかけ様子を観察し、気になることは担当の飼育員さんともあれこれ情報交換をします。
この見廻りの時間に必ず治療をするのがアジアゾウのシャンティー、オオアリクイのムチャチャ、ツチブタのおじいちゃんです。
シャンティーは朝寝室から出かける前のトレーニングに獣医も参加させてもらいます。ムチャチャは代謝の低い動物ゆえにか数年前の傷口がなかなかふさがらず、毎朝テーピングの交換をしています。
ツチブタは巣穴で寝たきり生活となり、左右の腰の床ずれと眼ヤニの治療をしています。シャンティーは飼育員さんの号令で私たちが牙の洗浄をしても、月1回の健康診断のための採血をしても動かずじっと我慢をしてくれます。
ムチャチャはオオアリクイの武器、鋭い前足の爪・・は使うことなく、ぐっすり夢の中。眠っているすきに治療に入ります。朝食を食べ終え、優雅な二度寝タイムに治療ができるようにと、飼育員さんが朝早くから餌の時間を調整してくれているおかげです。
私たちが動物に触れ、治療ができるのは飼育員さんたちの日頃の動物との信頼関係づくりやじっくり観察したうえでの工夫などがあるからこそなのです。
餌の後の眠くなる時間に合わせて治療をしている動物はこの他にマレーバクがいます。あの足で蹴飛ばされたら、おしっこスプレーを浴びたら、大変なことになります。
治療を重ねていくうちに食後1時間30分して、静かに寝室に入りブラッシングするとすぐに横になり眠りだすというタイミングがつかめてきました。
「グーグー・・」「まさにバク睡!」と飼育員さんも突っ込むほどの大いびきをかいて眠る間に、ささくれのできやすい足の裏のお手入れをします。
「トントン。ブーちゃん入るよ〜。」毎朝ドアをノックして声をかけて部屋に入ります。巣穴をのぞき、懐中電灯で腰の床ずれ傷を照らします。「フ、フ、フシューッ!」今朝もすごい鼻息。ガリガリガリ・・人が来たことに気付き慌てて横になったまま地面をかきます。
夜行性動物館に暮らすツチブタのおじいちゃん。ウサギのような長い耳に鼻毛の飛び出たブタッ鼻。前足には大きなカギ爪があり、太いしっぽはカンガルーみたいです。
掃除したてのフカフカのワラの上で最高に気持ち良い日は、仰向けでおなかをタプタプさせながら白目をむいて眠っています。カギ爪でおなかをボリボリかきむしる姿も。愛嬌たっぷりのこの姿に見廻り中、お客さんにまぎれて何度吹き出したことか。
左右の腰の床ずれ傷は今は落ち着いてますが、大きなかさぶたができたり、グジュグジュしたり、穴があいたりを繰り返してきています。この穴が曲者で、ろう管といって皮膚の下の組織まで穴が深く入り込んでしまうと簡単には治りません。
こうさせないために、毎日触って確認して、こまめに治療をしています。左の傷を確認したい日に右上に寝ていたり、「よいしょ〜っ」と体を浮かせたスキにガーゼを張り替えたり、いつもお客さんに背を向けて格闘しています。
眼ヤニにはスプレー点眼をしていますが、最初の一吹きはいつも「フシューッガリガリ」鼻息と前足の爪での抵抗です。まぶたがめくれてしまっているため、巣穴の中で寝がえりを打った時など壁にぶつけてすりむいてしまうこともあります。
「ギャー」まぶたから流血していたことも。格闘を終え、落ち着いたブーちゃんの背中を「終わったよ。」ポンポンと叩き、筋肉のつきや張り具合を確認します。このポンポンでなんだか私が癒されることもあります。
来園して26年。なんと、飼育下でのツチブタ長寿記録を毎日更新し続けているそうです。2年ほど前から室内の段差をうまく登れなくなり、急きょ一段増やしたりなどの室内工事を行いました。その頃から餌には体の変化を考えて栄養剤を混ぜています。
この1年巣穴から出て歩きまわる姿を観察できたのは数回ほど。ほとんどを巣穴で寝て過ごしています。最近では足腰の筋肉が衰え、体も少し痩せてきたかな?と感じます。寝がえりを打つのも一苦労。
餌を食べるために体を起こすのもなかなかしんどい。寝たまま餌を食べることも増え、食後は口の周りについてしまったペースト状の餌をふき取ってあげたり、食べやすい角度にお皿を置いてあげたりなど飼育員さんは丁寧にお世話をしてくれています。
室内生活ながらも夏の暑さには敏感。昨夏は食欲が落ち心配な日が続きました。そこで今夏は扇風機を設置。おかげで、「今日も完食!」無事この夏を乗り越えました。
こんなブーおじいちゃん。めでたく今年の長寿動物に選ばれ、敬老の日に長寿表彰式が行われます。寝たきりのツチブタに代わって担当飼育員さんがツチブタになりきって登場してくれるとのこと。
おめでとう。そして、まだまだ元気に長生きできるように一緒に頑張っていこうね。
(長倉 綾子)