202号(2011年10月)5ページ
≪病院だより≫「ルッコラ」来園
この夏、日本平動物園に新しい仲間がやってきました。江戸川区自然動物園から来園したベネットアカクビワラビーです。平成一八年三月生まれのメスで名前は「ルッコラ」と言います。
ワラビーはお腹に袋をもち、その中で子供を育てるカンガルーの仲間で、その中でも小さなものを一般的にワラビーと呼んでいます。ちなみに大きなものはカンガルー、中間のものをワラルーと呼びます。
当園ではワラビーの一種であるオグロワラビーを長い期間飼育、繁殖しており、今年の初めまで、お母さんとその息子の二頭を飼育していました。そのお母さんが今年の一月に死亡してしまい、息子の一頭だけになってしまいました。今後もオグロワラビーの飼育を続けるかどうか話し合いの場を持ったところ、オグロワラビーは国内の動物園であまり飼育されておらず、入手が難しいので、国内で比較的多く飼育されているベネットアカクビワラビーを飼育してゆくことになりました。
そこで国内でベネットアカクビワラビーを日本平動物園に出してもらえる動物園を探したところ、江戸川区自然動物園が出してくれることになり、七月三一日に当園の職員が車で受け取りに行きました。当日の夕方頃にルッコラはやって来ました。
外部から動物を導入した場合は、大きな動物で物理的な理由等で動物病院に収容出来ない場合を除いて、病気等を持っていないか、可能な限り病院で飼育しながら伝染性の病原体に関して検査をします。まず病院では検疫室と言う他の動物とは接触がない区域にある、可動式の金網で仕切られた、二つの部屋に入れました。輸送箱を開けると素直に部屋の中に出てきました。オグロワラビーより一回り大きく、鼻面も幅広い顔立ちをしています。この部屋なら掃除をする時はルッコラを移動しながら片方ずつすれば、それ程脅かさずに作業が出来ます。
翌日から掃除の作業に入ることになりました。余計な音は経てない様に慎重に作業するのですが、それでもちょっとした音でびっくりさせてしまい、跳び上がります。垂直跳びで百五十センチは跳び上がり、オグロワラビーよりもかなり跳躍力、脚力が強そうです。この跳躍力ではその時点での展示する獣舎では何かの拍子に外に飛び出てしまうことも考えられ、獣舎の上を網で補強することにしました。
検疫室で飼育している間に寄生虫などの検査は終わりましたが、来園から四日経ってもほとんど採食がありません。そこで検査も終わっているので、とりあえず動物病院のもう少し広い場所に移動しました。こちらは日の当たる外の部屋と屋内の部屋が二つ、つながっている獣舎です。部屋を移動してから徐々に木の葉や菜っ葉などは採食するようになってきました。しかし採食する量が今一つ上がって来ません。
ある日病院の飼育員から「餌の前で、採食せずによだれを垂らしている」と報告がありました。そこでしばらく、じーっとルッコラを見ていると、「タラー」とよだれが垂れました。そこで今までの経過と餌の食べ方、好みなどを江戸川区自然動物園に相談してみました。ルッコラは食の細い個体ではあるけれど、先方では採食が落ちて、よだれが多くなってきたら「カンガルー病」の初期症状と思って治療しているということでした。カンガルー病とはカンガルーの仲間の顎の骨が細菌の感染によって、化膿して腫れる病気です。その症状としては一番目立つのは患部が腫れること。そしてよだれがひどくなることもあります。その話の後ルッコラの顔に腫れはないか、観察していたら、外見からは腫れは見られませんでしたが、またよだれを垂らしました。
そこで、まず捕まえて口の中を見てみようと思いました。動物を何か処置をする時に抑えて動かないようにすることを保定と言いますが、今まで飼育しているオグロワラビーは大人しい個体では男一人で抑えられ、普通の個体でも二人いれば十分に保定が可能でした。その感覚でルッコラを捕まえてみると、掃除中に見せたジャンプ力は伊達ではありませんでした。オグロワラビーに比べると、かなり脚力が強く、抑え込むのに一苦労しました。保定した後に口の中を見てみると左上の奥歯が欠けて、出血が見られ、歯茎自体も赤くなり、炎症も起こしているようでした。これが化膿し、顎の骨まで侵されると大変です。抗生物質の注射を打ち、患部に抗生物質の軟膏を塗りました。この治療は様子を見ながら一月ほど続けなければなりません。治療を続けている間に獣舎の補強が終わったので、獣舎に移して治療を続けようということになりました。先住民のオグロワラビーとは種類が違うため、一緒の部屋で飼育は出来ず網ごしに分けて飼育することにしました。オスの方はルッコラに興味津津ですが、ルッコラはつれないものです。特にルッコラに発情が来ているとオスは走り回って、ルッコラの少しでも傍に行こうとしますが、ルッコラは「私はあんたに興味はないよ」というように逃げてしまいます。
その後一月ほど治療を続けました。その間に保定する方もだいぶ慣れてきました。患部の状態も良いようなので、治療は中止とすることにしました。当園では今まであまりカンガルー病は発生しなかったのですが、これからも餌の採食の様子、顔の腫れ、よだれなどに注意をより一層払って行きたいと思います。
動物病院担当 金澤 裕司