133号(2000年01月)16ページ
ゴリラ(ゴロン)の ある日の日記より(前編)
まさに俺にとって、今まで生きてきて最悪の日だった。 初夏のあだやかな朝、麦ワラの上で寝そべっていると、最愛なるトトが遊びたいのかいつものように、近寄ってきた。俺の腕をたたいて逃げていった。トトにとってこれが遊びたいサインである。あまりにも、気持ちがいいのでこのまま寝転がっていたかったが、トトにも少しはサービスしてあげようと遊ぶことにした。
遊びといっても、追いかけごっことレスリングである。追いかけていってトトを捕まえると、トトは動かなくなり手を離すと反撃してきた。 今度は、俺が逃げるとトトが追いかけてくる。そうすると、今度はレスリングになり、俺が本気になるわけはいかず、手を抜いてやる。が、トトはけっこう本気である。俺にとって遊びであってもけっこう疲れるのである。
幼稚園児達が入ってきて、俺達の前でとまった。これから始まるのが、トトの送別 会だとはだとはゴリラの俺達には知るよしもない。俺ものんきなもんで、この送別 会を興味津々で見ていたのである。
園長さんが、マイクを持ってなにか話している。そのうち、幼稚園児達が歌を歌い出した。
♪ ゴリラはエッホホ、 アフリカのジャングルで 胸をたたいてエッホホ…… ♪
今度は、バナナを幼稚園児達が俺とトトに贈り物として、俺達のボスであるキーパーに渡してくれた。さっそくキーパーはバナナを2本くれたが、カメラマンの注文でもう一度もう一度ということで、結局6本も食べてしまった。喜んで食べたが、今思えば食べなければよかった……‥。
幼稚園児達が帰った後、キーパーや他の職員がテレビカメラの前でマイクにむかってアナウンサーとなにやら話している。そうっと耳を傾けると、トトは上野動物園にいってもほかのゴリラとうまくやっていけるのか?残されたゴロンが心配だとか…いろいろなことをいっている。大きなお世話である。
送別会も終わり、いつもの穏やかな動物園に戻ったかに思えたが、お昼過ぎからまたゴリラ舎のまわりの雰囲気が変わってきた。 テレビカメラを持った人たちが集まってきて、俺達の前を通り過ぎていく。入り口付近が騒がしいのである。そのうち、ゴリラ舎の前を見たことのない白色の車が通 っていった。その車の後を、何人かが走って追いかけていくのである。(その車の中には上野動物園からきたゴリラのメス「タイコ」が乗っていたのである。)
俺達がいつもの夜に餌を食べたり寝たりする部屋あたりが、やけに騒がしいのである。多くの人達が、なにか仕事をしているらしく、重い物を運んでいる様子である。ギー、ギー、とへんな 音も聞こえる。
白色の車が帰ると、テレビカメラをかついで何人かが帰っていく。その帰る人たちは皆、俺達の方を見ながらこそこそ話しながらいく。
「トト、元気でな。」
「トト、早く赤ちゃん産んでよ。」
「トト、今度上野動物園に見に行くからな。」
俺もいるんだから、ゴロンの一言くらい言ってくれよ。忘れないでくれよ。
この日は、朝の食事の後にバナナ6本もくれ、お昼もいつもより多く何となくいつもと違っていたが、夕方にはお腹も空き、今日のいろいろな出来事も、すっかり忘れてしまった。トトを見てもいつもの様子と変わりなく、のんびり麦ワラの上で寝そべっている。
(小野田祐典)
*今回を前編、次回を後編とし、昨年7月に行ったゴリラの移動に伴う様々な思いを掲載します。今年3月5日上野動物園より来園した 「タイコ」の急死に際し、多くの皆様から花束、弔電を頂き、本当にありがとうございました。厚くお礼申し上げます。