117号(1997年05月)4ページ
あなたの知らない動物園の恐い話
突然ですが、皆さん。
世の中には、誤解というものがあります。
誤解。
私は、専門家ではないので偉そうに言えませんが、これは文字通り誤った解釈を意味します。
自分でそうだ!と思っていたことが実はまったく間違ったことだった・・・そんなことは、人間生きていればたくさんありますよね。
もちろん、そうした誤解を生む原因になる主なものが、情報の混乱です。
要するに、テレビや新聞やラジオや本で見たり聞いたりした事、他人から聞いた事等を誤って受け止めてしまって、それらの情報源が正確なデータを伝えていたのに、自分が勝手にその内容を全然違うものとして判断してしまう・・・そうした事が大きな原因となっているようです。
例えば、よくある、病院と美容院の聞き違い等であり、この種の話で実例かどうかは判りませんが、座薬『ざやく、お尻に入れること』を、そう漢字で書いてあったからと、座って飲む薬と誤解して飲んでしまった人がいるそうです。その後、どうなったかは知りませんが。
誤解は恐い。
本当に恐いものです。
けれども、こんな恐い誤解が実は・・・
動物園に対しても、あるんです・・・。
皆さんは、動物園に、どんなイメージを持っていますか?どんな事でもいいです。どんなイメージ・先入観を持っていますか?
判っています。いきなり、こんな事を言えば面食らってしまいますよね。
では、一例をあげましょう。皆さんは、ライオンが毎日、何を食べているか、どんなイメージが浮かびますか?
肉。
当たり前です。
草を食うライオンはどこかにいるかも知れませんが、私は知りません。もっとも、それは主食に草を食べるという意味で、ライオンが草を食べることはあります。消化の悪い物、変な物を食べて吐き戻しをしたくなった時等、ライオンを含めたネコ科の多くは草を食べます。(それ以外に、自分の身体を舐めた時に胃に入った体毛が、固まって毛玉になった時、これを吐くためにも食べます。)胃腸薬みたいなものです。そうした場合を除いて、ライオンが主に肉を食べるのは誰でも知っていますよね?
問題は、この“肉”なんです。
時々・・・本当に時々なんですが、ライオン等の猛獣のエサを獣舎近くまで運んで来た時、こう尋ねる人がいます。
「ねっねっちょっとあんた、それイヌの肉かね?」
私も以前猛獣の担当でした。そのため、この手の質問を何度か受けましたし、歴代の猛獣担当者ならば、いったいどれくらい、この質問に出会ったことでしょう。
「ねっねっちょっとあんた、それイヌの肉かね?」
ニタニタ笑うおじさんから、初めてこの質問を受けた時の私の第一声をお教えしましょう。それは・・・
「はあ?」
・・・でした。
噂には聞いていました。この奇怪な伝説?を今だに信じてる人たちがいるらしい事は。
奇怪な伝説?そうです。実は動物園の猛獣のエサについて、昔からこんな薄気味悪い話が流れているのです。
「動物園では、ライオンやトラに、野犬狩り等で捕らえたイヌの肉をやっている」
ひええええっですね。
これが本当なら、日本全国の動物園の肉食獣達は日々、ぼりぼりぱくぱく、イヌを食っているのでしょうか?定期的に業者さんがやって来て、「へっへっへっ今日のイヌの肉は質がいいですよ〜」とか言っているのでしょうか!こ・・・・恐い。これは、もう怪談です。
冗談はさておき、正解を言いましょう。
そんな阿呆な事はありません。
考えてもみてください。単純に考えてライオン1頭で1日4〜5キロの肉を食べます。1週間のうち、動物の内臓の健康を考えて1週間に1日だけ絶食日とするのが普通で、その日以外の6日間、合計24キロ〜30キロの肉を食べるわけです。これを、1ヶ月を4週間として計算すると、1ヶ月に96キロから120キロ食べることになり、年間では1052キロから1440キロにもなります。
つまり、1年で1トンから1.5トン近く、ガアアとかグオオとかいいながら、もりもり食べていることになります。
1頭のライオンだけで、これだけ食べるんです。日本全国の動物園にいる肉食獣の数を考えれば、とてつもない膨大な量になり、とても野犬だの何だのの数でまかなえる量ではありません。第一、それ以前に、野犬に限らず多くのイヌは様々な病気にかかっている場合があり、そんな“もの”を動物園で大切に飼育している動物に与えると思いますか?
これはお話にならないくらいのデマです。どこから、どうしてこんな異常な話が生まれたのかは知りませんが、これは、ずいぶん昔からあった話らしく、そのためたいへんに根が深く、時として猛獣の前でこのデマをさも恐ろしげに、子供に話して聞かせている大人がいるほどです。
動物園で、毎日、飼育員がバケツで運んでいる肉は、主に鶏肉と馬肉です。一般には知られていませんが、ニワトリの肉である鶏肉はもちろん、馬の肉も安く、コンスタントな生産・供給量がある物で、だからこそ、その辺のスーパーマーケット等でも、その上質なものが“馬刺し”として人間用のもパックで売られていたりするのです。
動物園では、こうしたちゃんとした物を動物に与えますので、どうか安心?してください。
さて、これ以外に、他の事でも動物園は誤解を受けています。小さな事では、例えばマンドリルの身体の鮮やかな色も、毛を見て、飼育員がカラースプレーでペイントしてると思う人がいたり(笑)、アメリカバイソンの長い冬毛が抜けて夏の短い毛に生え変わっている途中を見て、病気で毛が抜けていると深刻そうに話す人もいます。
が、最大で、しかも許しがたい誤解があります。それは、動物園を一種の“動物捨て場”と思っている人たちで、そのため時々、早朝等に動物園の前に動物が捨てられています。野生の鳥や獣の場合もありますが、中にはイヌやネコも捨てられています。けれども最近こうしたイヌやネコ以外に、鳥を、とんでもないやり方で捨てていく人が出てきました。
その人はセキセイインコを、キリン舎の前にあるフライングケージの中に捨てていくのです。多分なんらかの事情で飼えなくなったか、飼う気がなくなったのかのどちらかでしょう。フライングケージは、たくさんの鳥でにぎやかなので、「○○ちゃん、ここなら友達がいっぱいいてさみしくないよ」とか言って、この人は小鳥を放り出して行くのかもしれません。とんでもない、それこそ大きな誤解です。あのケージの中は、当園なりにできるだけ条件を整えて、何種類もの大きめの鳥たちがそれなりの縄張りと生活圏を作れるようにしてあり、その中に小さな鳥カゴで飼われていたらしい小さなインコが、いきなり放り出されたらどうなるでしょうか?
はっきり言いましょう。数日で衰弱死です。
餌を採れないのです。設置してあるエサ場もわからず、自分より何倍も大きな鳥たちの羽音に驚き、バタバタと逃げ回り、体力を消耗し、それでも満足にエサが食べられない・・・。この悪循環を繰り返して死んでいくのです。
もちろん、担当の飼育員も手近な位置にインコが降りてきていれば、捕まえて園内の動物病院に保護しますが、それは幸運な鳥で、捕まえた時すでに飢餓状態であったり、もう死んでしまっていたインコもいました。自分のペットを他人の手に自分勝手に押し付けるこの人は、常習者らしく、これまでに判っているだけで2回、計4羽捨てていきました。
もし、その人がこれを読んだらどんな気持ちになるか判りませんが、少なくとも「悪気はなかった」という言葉は通用しません。その悪気のない行動で、現実に小さな生命が危機に陥ったり死んでいったりしているのですから・・・。
誤解は恐い。
本当に恐いものです。
時としてその誤解から無造作な行動が、生命を奪う程に・・・。
(長谷川裕)