100号(1994年07月)15ページ
動物病院だより
今年の春は目を覆うような有様でした。春は出産の季節です。「動物園ではベビーラッシュ」という宣伝文句が使えますようにと期待しつつこのシーズンを迎えています。しかし今年の春は期待を裏切られたという言葉を通り越して、天中殺と厄年とおみくじの汲ェそろってやって来たという感じでした。出産は少ないながらもありました。カリフォルニアアシカ、クロキツネザル、クロミミマーモセットなどなど。けれども、ことごとくうまくいかなかったのです。動物園の職員をやっていて一番幸せを感じる時、一番良かったと思える時。それはささやかなボーナス(すみません・・・)
を頂く時です。二番目が他の動物園へ無料で入園させて頂く時、三番目ぐらいに飼育動物が無事出産し、成長してくれるのを見る時というものがきます。それ程までに期待していたものが失望に変わり、今年は何と味気ない年か・・・とボヤいていました。
ところが・・・、暑い夏に刺激を受けたか?最近になってうれしいプレゼントが相次ぎました。いやー、苦あれば楽ありとの言葉通りです。
7月24日にシシオザルがオスの子を出産しました。このお母さんは今までに3回出産していて、一度も子の面倒を見ていませんでした。一度は発見時に子が死んでしまっていて、他の二度は人工哺育を行いました。育児を経験されたお母さん方ならきっとわかって頂けると思いますが、人工哺育と一言で言っても大変な労力を必要とします。今回も出産前に担当者といっしょに「また人工哺育か」と言ってはタメ息をついていました。しかし今年の母親は違いました。はじめはハラハラするような場面も見られましたが、今では立派にベテランお母さんを演じています。(デッキブラシ本号、他ページに担当者の記事が載っています。)
8月5日にはアクシスジカが出産しました。アクシスジカも今までのパターンを見ると、またも人工哺育か?と思われるケースでした。間違いなく妊娠しているとわかった時、担当者は今年の夏は終わった・・・と夏休みの予定をキャンセルする覚悟を決めていたようでした。アクシスジカの人工哺育は今までにも何度か試みられましたが、与えたミルクの質がうまく合わなかったのかなかなか順調に成長するまでには到っていませんでした。次の子にはどのような種類のミルクで望もうか。などの話し合いを持ったりしているこちらの心配を尻目に無事出産。母親は、さも当然といったふうにしっかりと子育てをしています。
暑い夏がようやく過ぎ去ろうとしていた時、三つ目のプレゼントがありました。9月6日にツチブタに子供が生まれました。今回が3回目の出産でした。以前の2回はいずれも人工哺育となっていました。ツチブタの人工哺育は大変だったようで、ミルクを飲ませるにもはじめは体、四肢、口と乳首をおさえるのに三人ががりだったということです。何とか人工哺育は避けたいものだ、と思っていました。過去2回は出産に対してツチブタも心の準備?ができてなかったようですし、世話をする人間側も何をどうしてよいのかわからないといった状況だったようです。しかし今回は交尾が確認されて妊娠末期に入ると雄親を、出産、育児のじゃまにならないようにと動物病院に隔離しました。(どこかの社会といっしょでお父さんは留守の方が事がスムーズに運ぶようです)出産にあたって、母親は非常に落ち着いていました。以前の出産時とは態度がまったく違うということでした。ただ、母親が積極的に子にミルクを与えるというのではなく、母親が横になっている間に子が自ら乳首をさがして吸い付くといったパターンで、実際に子がミルクを飲んでいるのかどうかの確認ができず、肩に力を入れながらの付きっきりの観察が2日間続きました。幸い授乳も確認でき、子の体重も増えてきていますが、この文章を書いている時点では、子の全身にすり傷ができてしまい、ひどく化膿してしまっていて、心配な状況です。なかなか簡単には喜ばせてくれないようで・・・
ところで、ツチブタについてもう一言。いろいろな方にツチブタの話をするのですが、みなさん「ツチブタ」と聞くとブタの一種だと思われるようです。ブタがなぜめずらしいの?とかブタだから一度にかくさん子を生むのでしょ、とかいった声が返ってきます。ところがどっこい、ブタとツチブタは大違い。まったく仲間ではありません。それぞれ属している目(もく・・・分類単位の一つ)も違います。つまり、ゾウとウサギぐらい違うのです。たまたま日本ではじめに名付けた人がブタに似ていると思ったようでこのような名になったようですが・・・いっそのことオオハナミミシロなどという名はいかがでしょうか。(大きな鼻、耳で白いから)みなさんならこの動物、どんな名を付けるでしょうか。
今回は子育てに目覚めた母親の話を追って来ましたが、これに反する話を一つ。サンタレムマーモセットが8月30日に出産しました。2頭順調に育っています。お父さん、お母さん両方の背にしがみついて育つのですが、最近、両親とも子供にしがみつかれるのが嫌になったようで、むりやり子を振りはずします。子は木の枝に置き去りにされますが、しばらくするとやはり気になるのか再び子を取りにきます。子は確実に成長していますが少し不安を感じています。
(高見一利)