でっきぶらし(News Paper)

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オランウータンの出産 〜介添保育中〜

(松下 憲行)
5月31日の朝、いつものようにのんびりと出勤してくると、獣医から「オランウータンが出産しているよ。」と報告があり、こちらが算定した出産日より、2週間も早くいささか驚いてしまいました。
最終の生理が始まった日より数えて、260日前後が出産予定日なのです。クリコ(母親の通称名)の今までの経過・資料から、このように算定したのですが、実際には同個体でも、相当の差があるようです。
今回は、最終生理日より246日目の出産。メスの赤ちゃんを期待しましたが、結果はオスでした。名前は、6月に近いことで“ジュン”と命名しました。
かって抱くことすらしなかった(昭和51年の初産時は、床に捨ててしまった)このクリコも、一見しただけではベテランの母親に見えます。しかし、クリコの育児能力の低さは覆うべくもなく、いつまでも飼育係の手を借りないと、育児ができない“失格ママ”なのです。
あらすじは4号のぐうたらママワースト10で紹介されていますが、もう少し詳しく述べたいと思います。初産は前述のように完全に放棄、その後間もなく妊娠しましたが、これは流産。2度目の出産は、生まれた直後、床に落としたもののすぐ拾い上げて、抱くだけは抱いてくれました。ただ、ひたすら抱いているだけで、24時間様子を見ましたが、授乳する気配は全く見られず、かつ授乳を望める抱き方ではない為、やむを得ず人工哺育にしました。
翌年、早くも3度目の出産です。経験の積み重ねから、さすがに今までになく落ちつき、ひょっとすれば自然保育、そんな淡い期待をいだきました。が、いくら待っても授乳させる様子は今回も見られず、今度は、介添保育を試みました。
この介添保育の経過を更に詳しく述べますと、最初はかたくなに拒否し、“仔の頭を乳首に持っていく、乳首に吸いつかせる”ただそれだけのことに、抱きしめる母親と10数分間も格闘するありさまでした。又、それはクリコの育児能力が、皆無に等しいことをよりいっそう証明する幕開けでもあったのです。
他園での、介添保育の状況を調べて見ますと、長くても1ヶ月ぐらいで、自然保育へ移行しています。当園のクリコの場合、その期間は実に3ヶ月間におよびました。私達が、予期し得なかった粗雑な扱いが、随所に見られたからです。まさか自力で吸いつく仔の哺乳妨害に及ぶとは!しかも、自分で自分のオッパイを飲んでしまうのには、あきれてあいた口もふさがらぬ思いでした。
それだけには終わらず、私が名づけた悪癖、“にきびつぶし”を、日中ひまになるとやり出し、仔の体は傷だらけでした。もちろん仔は、痛いからすさまじい悲鳴をあげます。それでせつなくなるのは、私のほうで、クリコは私にどんなにきつく叱られても、やらずにいられない心境のようでした。
正に、抱くこと以外何もできない”ぐうたら”。ただ救いは、こんな私にでも全面的に信頼してくれて、仔を好きにさせてくれたことです。おかげで、体重が計れて貴重な成長記録を残すことができました。
以上が前回までの主なあらすじですが、それをくどくど話さなければならなかったのは、結局、前回と同じことをクリコは繰り返しているからです。たしかに4度目の出産でありますので、多少の進歩の跡もあるにはあります。が、あまりにも遅い歩みです。出産直後のかたくなな介添え拒否はなくなり、露骨な哺乳妨害もしなくなりました。それでも、横になっている時等は、仔の頭を乳首の方へ持っていく動作が、見られるようになっています。
しょせん、進歩もその程度、それ以上は何もできないのです。自然授乳が見られても、長くは我慢できず、頭を引っ張ってはずしたりしてしまいます。“にきびつぶし”をやって仔を泣かせるのは、前回と全く同じで、いくら叱っても私の目を盗んでは、ムキになってやっています。特に両目のまぶた付近、両耳はかなり赤く腫れており、ところどころ皮がむけているような状態であります。
ここまでくれば、もう情けないと言うより、あきらめの心境です。こんなクリコでも母親、その母親の肌の暖かさを、絶えず与えられるのはクリコ。こればかりは誰も代わる事はできません。人工哺育にしてしまっては、ミルクを与えることはできても、母親の肌の暖かさを与えることは、できなくなってしまいます。
私が頑張れば、育てる事ができるのだからと、曲がりなりにでも、ケンを育てたのも事実でありますので、そう自分に言い聞かせクリコと、2人3脚で育児、毎日毎日介添保育に励んでいます。
皆さん、動物園のオランウータンの前に来たら、クリコを励まして下さい。育児がしっかりとできないのは、クリコの責任ではないのです。育児は一般に学習と言われ、まだ充分に学習していない、幼い仔のうちに、動物園に連れて来た私たちの責任なのです。

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