でっきぶらし(News Paper)

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保護動物ベスト10 〜哺乳類の部〜

動物病院の一角、野生の鳥や獣を保護する部屋は、いつも怪我をしたり、みなしごになったり、弱って動けなくなった鳥や獣が収容されています。空っぽになることは殆どなく、元気になって野に返したり、貰い手があったりして、減ったなあと思うと、また保護依頼がどっと続いて、たちまち満室になったりしています。

鳥類は様々ですが、哺乳類は、たいていハクビシンかタヌキで、病院から、1匹残らず姿を消すことはまずありません。時には、井川のまだ奥、南アルプス麓の二軒小屋あたりから、カモシカの赤ん坊を拾った、弱っているから早く取りに来てくれないかと、びっくりさせられるようなこともあります。
ここ1年間の保護状況(哺乳類)を見ても、やはりハクビシン・タヌキが圧倒的に多く、変わりダネとしては、トガリネズミ(食虫類に属し、世界で最も小さな哺乳類。残念ながらまだ飼育する術はなく、翌日死亡してしまった。)が保護収容されました。他に、キツネ、アブラコウモリ等も保護されて、計8種26点に及びました。
更に、これを開園以来13年間の保護総数で見ると、実に19種300点近い数に及んでいます。それのベスト10を表に作ると、次のようになります。

<保護動物哺乳類ベスト10>
1位 ハクビシン 69(頭) 食肉目・ジャコウネコ科(1982.3.12)
2位 タヌキ 60 食肉目・イヌ科(1982.3.6)
3位 ムササビ 52 げっ歯目・リス科(1981.6.10)
4位 キツネ 31 食肉目・イヌ科(1982.3.24)
5位 アナグマ 19 食肉目・イタチ科(1981.4.19)
6位 カモシカ 11 偶蹄目・ウシ科(1979.10.13)
7位 ノウサギ 8 ウサギ目(1980.4.27)
8位 イタチ 7 食肉目・イタチ科(1979.3.1)
9位 ニホンシカ 5 偶蹄目・シカ科(1980.4.11)
9位 アブラコウモリ 5 翼手目・ヒナコウモリ科(1981.7.26)
11位 イノシシ 4 偶蹄目・イノシシ科(1975.12.8)

やはり、ハクビシン・タヌキが圧倒的に多く、ムササビ・キツネ・アナグマと続いています。
ベスト10に漏れた動物には、ツキノワグマ・ヤマネ・モグラ・トガリネズミ・ニホンリス・テン・キクガシラコウモリ・イエコウモリ等があります。
鳥類(昭和56年度・48種140点)に比べれば少ないものの、哺乳類で、これだけの種類、点数の保護は驚きです。他の動物園でも、これほどの保護収容があるのか、興味深い所ですが、現在資料を頂いているのは、横浜市の野毛山動物園だけです。頂いた資料を見ますと、ここ1年間に保護した数を単純に比較すると、哺乳類は6種16点で、当園より少なく、鳥類は63種437点と逆に尾毛山動物園の方が多くなっています。
もっともっと他園の保護状況を調べ、比較参照すると、それぞれの地域の野生鳥獣の生息の状態がわかったりして、興味深い結果が得られそうに思います。動物園間の交流がより盛んになれば、いずれそんな資料を作る機会が訪れるかもしれません、そう期待したいものです。
また、この結果から静岡県下を見渡して、私たちのちょっとした努力次第で、自然とふれ合える場所が至るところにあると言えるかもしれません。南アルプス・井川・梅ヶ島は言うに及ばず、県下を縦断する東海自然歩道、130いくつもあるというハイキングコース、たまには、自然の中に身を投じ、戯れ、ひと汗流すのも一興ではないでしょうか。

それでは、保護された動物は、どう私たち飼育係と関わったのでしょう。人工哺育した話しを中心に、裏話を少しばかり、紹介してみたいと思います。

保護された動物は、どれも成獣で、怪我をしたり、病気になったりした動物だけとは限りません。まだ眼もあけられない赤ん坊が、持ち込まれることも度々あるのです。記憶を追ってみると、やはりハクビシンが一番多く、タヌキ、ムササビと続くでしょうか。
何年前の話しになるでしょうか。ハクビシンの親を殺した、そうしたら巣穴に仔がいたから何とかしてくれ、と持ち込まれた事がありました。無情なことをするなあと思っても、農家にとっては果実を喰い荒す憎い敵なのです。
こういった仔が保護されると、当時は独身寮にいた私たちが、母親代わりを努めました。1、2匹ならまだしも、4匹いっぺんになると、もう汗だく、仔同士で哺乳ビンの奪い合い、どいつにどのくらい飲ましたかわからなくなってしまう内に、今度はところ構わずお漏らし・・・。もうしっちゃかめっちゃか、ハクビシンでは、何度かそんな経験をさせられました。
こんな人工哺育にも、私たちの失敗談はいくつかあります。恥をわざわざさらすようですが、開園当初、私たち寮生のペット代わりになっていたタヌキのポン太。廊下で飼っていて、もう大きくなって何でも食べるようになったからと、病院の方へ移して飼育したのですが、廊下からいきなりコンクリート敷きの部屋の生活になって、柔らかいままの足の裏がすり切れてしまい、そこから雑菌が入って動けなくなってしまったのです。再び寮に戻って来た時は、もうひん死の重体、間もなく息を引き取りました。
また、ノウサギの人工哺育もむずかしく、育てきれなかった事もありました。このほか、ムササビの場合には、うまく合う乳首がなくて、哺乳させる度に、ミルクが気管に入ってむせ、結局、肺水腫のような形で死なせてしまったこともありました。
だいぶ手慣れた頃に扱った、クマの人工哺育。これはムキになってよく飲んでくれました。上手に前足で哺乳ビンを押さえて飲んでいる間はいいのですが、空っぽになってもまだチュッチュッと吸って離さない。取ろうとすると、フウーと唸って怒ります。このゴン太と名付けたクマだけが、特別に気性が荒いのか、少々痛い目にあわせても、おとなしく言う事を聞く事は、まずありませんでした。
適当に大きくなったところで、もう寄らずさわらず、一見ぬいぐるみ的なかわいらしさを持っていても、あの太い腕とツメを見ると、やはり猛獣の仔と思わざるを得ませんでした。
ゴン太のように、荒々しさにまいった人工哺育と対照的なのが、シカの仔です。一度親を覚えた仔に人の手でミルクを与えるのは困難と言われています。じっと、根気よく流し込むようにして、与えてゆくうちの何日か後、ぐっと力強く吸いついてくれるようになりました。こうなればもう大丈夫です。
この瞬間のほっとしたうれしい気持ちは、担当するものにとっては格別です。拒否されればむざむざ死を待つだけですから・・・。
人工哺育にした場合に限らず、保護した動物との関わりは様々です。園内で飼育されている国産動物のほとんどは、保護収容された後、野生に返れなくて残った動物です。野生に返れそうなのは、人を拒否し隙があれば逃げようとします。事実、キツネには何度逃げられた事でしょう。怯えながらも決して人に妥協しないあの眼は、正に野生のものでした。
 病院にずっと居残っているハクビシンのハツコ、主のような存在で実習生が来ると、意地悪で咬みついたり、ひっかいたりして泣かせています。飼育課紅一点獣医の手にも、かつて実習生だった頃に咬みつかれた傷跡が、今でも残っていると言います。
小獣舎のタヌキのように、育ての親(獣医)をいつまでも恋しのんで、見回りに前を通ると鼻をならして甘え出すのに、担当者には咬みつく、なんていう話しもあります。こんな話題には、事欠くことはありません。
こうして保護した動物も、私たちと泣き笑いを共にしているのです。そんな話しを通じて、動物園がただレクリエーションの場だけでなく、自然保護の目的を持っていること、野生鳥獣を懸命に保護していることを理解していただき、かつ、そこにある裏方の地道な努力を知ってもらえれば幸いです。
(松下憲行)

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