29号(1982年09月)4ページ
動物と飼育係の一日 〜チンパンジー・ゴリラ編〜
(小野田祐典)
「おはよう。」
朝8時、いつもの通り私はゴリラの“トト”に呼びかける。トトは、昨夜寝袋として入れておいた麻袋をかかえ、寝ころがって私を見ている。次に、“ゴロン”に呼びかけると、入口の扉の所に座っており、「やっと来たか。」と顔をつき出すようにしている。私は、鼻のあたりをさわりながら、もう一度「おはよう。」と呼びかける。その奥にいるチンパンジー3頭(パンジーとデージーがメス。ポコがオス。)にも同じように呼びかけながら寝室を一通り見て行く。昨夜の餌を全部食べてあるかな!便の状態はどうかな!いつもとちがう行動をしていないかな!・・・。ゴリラもチンパンジーも個室なので、個体別に確認ができる。
そして、パンジーの寝室のシュートを開けて放飼場に出そうとするが、パンジーはなかなか出ようとはしないで、私に背を向け、さわってくれと催促するので、背中をさわったり、横腹をくすぐってやると納得して出て行く。次にデージーの寝室のシュートを開けてやると、すなおに出て行く。放飼場で、パンジーと朝のあいさつ行動を行っている時に、ポコの寝室のシュートを開けるとポコは威嚇しながら走って、扉を叩いたり、蹴ったりしながら出て行く。パンジーとデージーは、鳴きながら逃げ回るが、すぐにおさまり静かになる。
ゴリラの所にもどり、ゴロンの寝室に入って、はき掃除をする。ゴロンは食欲旺盛で、いつもミカンの皮と白菜の食べカスが少量残っているだけである。“今日も食欲もあり、便の状態も良好だ。”掃除している間、ゴロンは台の上で寝ころがってその様子を見ている。はき掃除が終わり、寝ころがっているゴロンに私がちょっかいを出すと、喜びすぐ調子に乗り遊びたがるが、ゴロンの体重も65kgにもなり、私よりも重く、力も本気になれば私の2倍以上はあるので、調子に乗る前でやめる。
そして、ゴロンが待ちに待った朝食だ。ゴロンの朝食のメニューは、ステップミルクを250cc、バナナ1本、リンゴ1個、オレンジ1個である。ステップミルクをさまし、檻越しに与えると、一気に飲んでしまう。他の餌を与えて、次はトトの寝室を、はき掃除する。トトは食べる量も一定しておらず残餌も多い。特に、赤いリンゴ(国光)、食パン、トマト、ゆで卵が残っている。トトの朝食のメニューは、ステップミルクの中に生の卵黄1個を入れ、ミルクセーキにして与える。他にバナナ1本半、リンゴ1/2個、オレンジ1個である。ミルクを飲ませる時には、正座して自分で持って飲むが、バナナは私が食べさせる。
他の餌を食べている間に代番作業のある時は、小獣舎(タヌキ、アライグマ、ヤマアラシ、カワウソ)の掃除。またはオランウータンを放飼場に出し、朝食を与える。小獣舎の動物達も、オランウータンにしても異常がないかよく観察しながら作業を進めて行く。
ゴリラの所にもどり、餌を全部食べてあるか見回すと、トトがリンゴだけ残してある。扉を開けてゴロン、トトを放飼場に出すと、ゴロンは走って出て行く。トトは私から離れようとしないので、少し遊んでやると納得し離れて行く。私もすぐ表に出て行き、ゴリラの観察をする。私がいなくなると、すぐゴロンはトトを追いかける。トトが小さかった時はすぐつかまえる事ができたが、トトも37kgにもなり、逃げるのが早くなったので、なかなかゴロンもつかまえる事ができなくなった。それでもゴロンは、トトを追いかけるが、つかまえる事ができないので、おもしろくなく、大きな声を出しスネ始める。トトは遠く離れた所で、「なにが、おもしろくないのかな?」と、知らん顔している。ゴロンがおとなしくしている時には、トトの方からちょっかいを出す時も見られる。ゴロンは5才(推定)、トトは3才になったが、年齢的、オス、メスの性格的な違いもあり、なかなか仲良く遊べないようだ。
いつもの行動を観察し、寝室の掃除にもどる。ゴリラ、チンパンジーの各寝室の食べカス、糞をはき掃除して、ホースで水洗いする。そして、高圧洗浄器とデッキブラシで掃除し、水切りをして、朝の掃除が終わる。
掃除している間に時々窓からゴリラの様子を見ると、ゴロンはよくプールに飛び込んだりして遊んでいる。(夏の間だけプールに水を入れておく)トトは、中に入る事はなく手足を水につけて遊んでいる。野生のゴリラは、水に入るような事はないが、動物園で飼育していると夏には浅いプールに入り、よく遊ぶ事が多く報告されている。この時間になると、入園者がよく動き回っている様子をじっと見つめている。
朝の掃除が終わると、昼食の仕度である。ゴロンの昼食のメニューはオレンジジュース100%200cc、バナナ1本、リンゴ1個、厚切り食パン1枚。トトはオレンジジュース200cc、バナナ1本半、厚切り食パン1枚で、食べた後に白菜1/2個、木の枝葉(主にシィーの木)を与える。オレンジジュースは、冷たいまま与えるとお腹をこわす心配があるので、少し暖めて与えている。10時30分頃になるとゴロンはお腹がすくのか?気にしだし、甘え声を出して催促する。腹時計の正確さにはびっくりするほどである。10時45分頃、排便を主に掃除してから、昼食を持っていくと、ゴロンは正座して待っている。さっそくオレンジジュースの入った哺乳ビンを渡すと、一気に飲んでしまう。
ゴロンに他の餌を与えてから、トトを前にあるぎ木の台の上で正座させて、オレンジジュースを飲ませる。飲み終わると、バナナと食パンを1/6に切り、一緒に口の中に入れて食べさせる。トトは、餌を食べる時にゴロンを気にしながら食べ、もし私が付いて食べさせてあげなければ、ゴロンにとられてしまい食べることができない。だから、いつもゴロンから餌を与え、トトが昼食を食べ終わるまで付いていてあげる。餌を食べ終わると、シィの木の枝葉(他の木の時もある)を与えるが、全部ゴロンが持っていってしまい、トトは後から落ちた枝をひろってきてはかじっている。
昼食が終わると、こんどは夕食の仕度である。毎朝、業者が運んできたいろいろの動物の餌を飼料担当者が、動物別に分けてくれる。ゴリラとチンパンジーの餌は一緒に入っているので、コンテナに2杯もある。餌を運んでくる時に入園者はその餌を見て「すごく豪勢だなぁー!」「私達よりも、いいものを食べている!」等と言う。類人猿舎に持ってきて、水洗いをして、動物別に分ける。リンゴは半分に切り、鉱塩をつけて与え、他はだいたいそのままで与える。分けた餌を各寝室に入れて午前中の私の仕事は終わる。
午後1時からは、共同作業、動物についての打合せ、動物観察、資料調べ及び整理、意見の交流等、その日によって変わるが、4時頃まで行われる。
午後4時頃より、ゴリラ放飼場の掃除を行う。昼間与えた木の枝葉や白菜の食べカス、糞をはき掃除し、終わるとゴリラの身体検査を行う。始めにゴロンを台の上に正座させ、手足の爪、傷がないかを調べる。次に口を開けさせ、虫歯がないか?口の中が病気になっていないか?等を調べ、目と耳も調べる。類人猿の歯の数は人間と同じで、子供の時の乳歯は20本で、順に生え変わり、永久歯は32本になる。
寝室には、夕食の餌がおかれているのがわかっているので、ゴロンも早く身体検査を終わらせ餌を食べたいらしく、おとなしくやらせてくれる。ゴロンの寝室におかれている夜食のメニューは、バナナ1本、リンゴ2個、オレンジ1個、厚切り食パン1枚、人参(中)1個、煮サツマイモ(中)1個、トマト2個、ブドウ2フサ、キャベツ1/2個パイナップル1/8個、白菜1/4個、ゆで卵1個で、入室するとブドウから食べ始める。トトも同じように身体検査をした後、夕食にする。メニューはゴロンと同じであるが、量は少なめである。トトはいつもバナナから食べるが、食べるのにゆっくりで、遊びながら食べている。
食べている間に、ステップミルクを250cc作り、人肌より少し冷してから、檻越しに与えるが、ゴロンもトトも大好きで、一気に飲んでしまう。
ゴリラが終わるとチンパンジーの番で、そのころになると、「お腹がすいたから、早く餌を食べたいよう。」と、放飼場で鳴き始める。1番に入ってくるのがデージーで、2番目はポコ。最後にパンジーが入ってくる。チンパンジーの餌は1日1回で(昼間は木の枝葉を与える)メニューはゴロンと同じであるが、ミルクは与えていない。チンパンジーが餌を食べ始めるのを確認してから、チンパンジーとゴリラの放飼場の掃除を始める。放飼場は広いので、高圧洗浄器で掃除するが、終わるまでに40分ぐらいかかる。掃除が終わる頃には、チンパンジーもゴリラも餌はほとんど食べ終わっている。
そしてチンパンジーの代番者である池ヶ谷飼育課員に、ゴリラにも馴れてもらうために、毎日1頭1頭サジでヨーグルト(100cc)を与えてもらっている。池ヶ谷飼育課員も、最初の頃はヨーグルトを持っていくと、水をひっかけられたり、食べに来なかったりして、動物にいじわるされたが、毎日接していくうちに、動物の方も馴れ、だいぶ言う事を聞いてくれるようになってきた。ヨーグルトを食べ終わると、チンパンジーに厚切り食パンを手渡しで、池ヶ谷飼育課員が与える。彼が、チンパンジーに接している間に、私はスキムミルク250ccを哺乳ビンで2本作り冷やしておき、ゴリラがヨーグルトを食べ終わってから、飲ませる。飲み終わると、ゴロン、トトは台の上に乗って麻袋の上に寝ころがり、「お腹も一杯になったし、つかれたら眠ろうかな。」と言いたげに、私の方を見ている。
最後に、カギの確認をしながらチンパンジー、ゴリラに呼びかけながら、寝室をあとにする。“バイバイ、おやすみ”
以上が、私とゴリラ、チンパンジーの1日であるが、これは動物が健康時の状態の時の様子であり、病気になったり、出産をひかえたりする場合には、夜中でも仕事をする時もある。
これまでに、キリン、オランウータン、チンパンジー等が出産した時は飼育課員全員が交代で、夜中に出てきて観察をしてきた。人工哺育する時も、夜中に出てきたり、朝まで仕事する時もある。
今年の5月にゴリラが風邪をひき、ゴロンが11日間高熱が続いた時には、朝7時30分に出勤し、いつもの仕事の他に、1時間おきに体温を計り、定期的に投薬を行なった。ゴロンも寝てばかりいるので、私も一緒に寝室に入りいてあげたが、次の仕事が気になり出ようとすると、淋しいのか?なかなか離してくれない。人間の子供と同じで病気をすると、甘えるようになる。午後5時30分にいったん自宅にもどり、夜10時に来て体温を計ると39度以上にあがっているので、投薬し熱が下がるまで付いている日が続いた。熱が下がらなければ、朝までついていて、私の方がグロッキーになってしまうほどだった。
チンパンジーは、出産しましたが、残念な事に生後4ヶ月で死亡してしまいましたが、次に期待したいと思います。ゴリラは、繁殖まで7年ぐらいかかると思いますが、トトが赤ちゃんゴリラを抱いている夢を見ながら、一生懸命飼育していきたいと思っております。