32号(1983年03月)3ページ
チンパンジー デージー出産する
(小野田祐典)
暖冬とはいえ、冷え込みのする2月8日の21時34分にデージーが出産した。まちにまった出産であり、最終生理日より数えて256日であった。
2月に入ってからは、日中のほとんどは麻袋に入り寝ている時間が多くなった。餌も白菜、キャベツ、ゆで卵、人参、パイナップル、煮甘藷を残すようになり、出産の近い事を知らせていた。
昼間、これまでデージーの寝ている室に入ったこともないのに8日の午後、“虫のしらせ”と言うのか?何となく入ってみる事にした。台の上の尿を見ると、少量のピンク色した出血らしきものを発見。いそいで血液反応検査をしたところ血と判明した。出産24時間以内に出血のある個体が多いが、それにしても少量すぎるので、出産前の出血かどうかわからなかった。
夕方の餌の時間になり、バナナ2本とリンゴ1個を食べて麻袋の中に入り寝てしまった。好物のパン、ヨーグルト、スキムミルクを持っていっても来ないので、これなら今夜から明日の午前中にかけ出産すると確信した。
夜の観察は21時からしていたが、このような事から、19時より観察する事にした。19時に来てビデオを通して見ていると、麻袋の中で、ごそごそとよく動き、うつぶせになったり横になったり寝返りをしている。陰部より排泄物があるのか、手でさわったりして気にしている様子だった。20時すぎには、袋の中での動きが多くなり、りきんでいる感じがしたので、ビデオを通して見ているとはっきりしないので、そっと見に行った。陣痛らしく、りきんだり、袋をかぶったまま立ったり、陰部をさわったりし、出産間近の様子だった。21時少し前に、八木獣医も観察に来たので、2人で見ていると一層動きが激しくなり、21時13分には袋より尻を出し、うつぶせになったと思ったら陰部より10cmぐらい羊膜が出てきた。15分には羊膜がたれ下がってきて、2〜3回“クェクェ”と声を出し、りきんだ。20分には10cmぐらいたれ下がり、25分には20cmぐらいたれ下がってきて、りきむたびに少しずつ出てきた。時々、なき声を出し、りきむと、33分には頭が見えてきた。そのまま頭全体が出ると、スルスルと産まれ落ちた。生まれた子はすぐに、キーキーと大きな産声をあげた。まさに感動の一瞬である。これまでに何回となく、いろいろな動物の出産シーンに立ち合ってきたが、いつ見ても生命の神秘さには感動を受けるものだ。
泣き叫ぶ我が子をデージーは、あわてて抱き上げたが、右足ではさむように抱くとやっと安心したのか、おとなしくなった。ヘソの緒はついたままで、気にしてしきりに引っぱったがなかなか出てこない。42分になって胎盤がスルスルと一気に出てきた。出産して8分後であるから随分早いものだ。子からつながってている胎盤を、どうしていいのかわからないらしく、自分の首にまこうとしたり、2〜3回なめたりしたが切る事を知らないようだ。
47分には、子をしきりになめ母性愛のかけらを見せたが、すぐに子をあおむけに置き、自分はその横に寝ころがり、子の手を持って抱きあげたと思えばすぐにやめ、台の上に置いたりのくりかえしをするだけである。
22時10分にはデージーも落ち着き、残っていたリンゴ、イチゴ、パンを食べはじめた。
23時30分にスキムミルク500ccを持って、汚れた室を掃除する為に入室すると、すぐ起きてきてのどが乾いていたのか、一気に飲んでしまった。胎盤についたヘソの緒を切り落とそうとすると、子の一部だと思うのかデージーは不安を訴えている様子だったが、子に対して無害だとわかると何事もなかったかのように、子をしっかり抱きかかえた。子の頭をさわっても、デージーは安心しきっており「子を見せて」と言いながら、性別の確認をしたところオスの子であった。
いそいで出血で汚れた寝室を洗い、新しい麻袋を渡して出てくると、デージーはすぐ袋に入って寝てしまった。時々ごそごそと動くが、この様子なら一晩このままにしておいても、子を殺す様な事はしないだろうと思い、24時まで観察していったん帰ることにした。
翌日6時に来てみると、デージーは麻袋の上で寝ころがっており、子を下腹に乗せている。子供は元気らしい。出産の後で、デージーも体がだるいのか、麻袋に入ったり出たりしている。出血も続いており、盛んに気にしてさわったり、なめたりしている。
午前中は、ほとんど寝ていたが、午後より子供をあおむけに置いたり、抱かずに子供の横に寝そべったりして、子が悲鳴をあげるといそいで抱きあげるが、それでも正常に抱けばまだ良いが、デージーの尻の所に子供の顔がいくように逆さまに抱く悪い行動が見られ、無事育て上げる事ができるだろうかと不安になった。
そこで、午後15時ごろ協議した結果、取り上げて人工哺育に切り換える事に決定した。16時に精神安定剤をスキムミルクの中に入れ飲ませたが、1時間近くたっても変化はなく、他の飼育課員が観察しているので興奮して、警戒している様子だった。その間、何回となく子供を台の上に置く行動が見られたので、寝室のシュートを開けたところ、子供をおいてデージーだけが出てきたので閉めて、親子を別けるこ事ができた。いそいで子供をタオルでつつみ、動物病院の方に用意してあった人間用の保育器に収容した。デージーは、最初鳴き叫んでいたが、その内精神安定剤がきいたのか、袋の中に入り寝てしまった。
デージーは、今夜どんな夢を見るだろうか!