32号(1983年03月)7ページ
動物病院だより
先月号で予告したチンパンジーのデージーは、夜間観察を始めて3週間。2月8日の夜9時34分にオス1頭出産しました。出産当日の昼ごろ、尿が少しピンク色に見え、検査をすると、血液がまじっていたのです。そして夕食の時、大好物のパンやミルクに手をつけなかったので、まずまちがいなし!今晩か明け方には生まれると思い、担当の小野田飼育課員は夜7時ごろ、私(八木)は9時ごろより類人猿舎に詰めていました。いつもは、寝ているはずのデージーは、おちつかないようすで、行ったり来たり、麻袋に入ったり出たりしていました。そして9時33分に子が包まれている膜が見え始め、34分には多量の胎水とともに台の上に子が産みおとされました。子の一部が見えてから産みおとされるまで、1分とかかりませんでした。
デージーはさっそく子を足元に寄せたのですが、うまく抱いてくれません。床においたままにしたり、子供をさかさまに抱いたり・・・。結局、翌日の午後3時30分、人工哺育にきりかえることにしました。精神安定剤をミルクにまぜて飲ませました。しかし幸か不幸か薬の効果をみる前にデージーは、子供をおいて移動したのでシュートを閉めて子供をとりあげました。体重は2030g。平均1300gぐらいですから、かなり大きい個体です。人間用のミルクと哺乳ビンを使い、今は保育器の中に入っています。
人工哺育というのは、人間が動物の母親がわりとなって育てるわけで、所詮、動物の親にはなれません。今までに、いくつかの人工哺育を手がけてきましたが、人工哺育をやって一番の問題は「○○もどき」となってしまうおそれです。離乳がすみ、身体は一人前となり、群れにもどそうと見合いを試みます。けれど、育てた人に対する依存度が高く、仲間が近づいてくると「こわいヨー、むこうにいってヨー」とわめき、餌を食べなくなってしまい、結局、群れにもどすことができない状態になってしまうのです。外観は動物でも、動物のつきあいを知らない個体ができあがってしまうのです。
今、病院の保育器の中でスヤスヤねむっているこのチンパンジーにも、いつかは群れにもどす試みをしなければなりません。その時とまどうことなく、チンパンジーとして仲間に入ってゆけるように、時間をかけてでも橋わたしがうまくいけば良いがと今から思っています。
(八木智子)