35号(1983年09月)3ページ
ボウシテナガザルの思い出
(藤沢誠)
“でっきぶらし”(第16号)の開園以来の動物の中で紹介された、ボウシテナガザルのドン(愛称名)が、昭和58年7月28日、横浜市の野毛山動物園へ婿入りし、当園での生活に終止符をうつことになりました。
14年間、動物園と共にひとつの歴史を築いてきたドン。そんなドンにも、喜び悲しみのいくつかのドラマがありました。
昭和44年7月29日、当時まだ2才ぐらいの可愛いさかりのドンと共に、シロテテナガザルのオス2頭、メス1頭が来園し、水禽池の一角に設けられた島での、ドンとシロテテナガザル3頭の賑やかな生活が始まることになりました。しかし、4頭での島の暮らしも一時的なものでした。開園間もない8月14日、シロテテナガザルのオス(推定7〜8才)が感冒のため入院。同月27日、4頭での生活ができることを待っていたドンと、他の2頭のところに届いた報は、肺炎にかかり死亡したとの連絡でした。
昭和46年8月25日。当時の担当者はいつものように作業を終えて、仲間と昼休みの時間を過ごしていた時です。ジリリーン、ジリリーンと電話のベルが鳴り、受話器を取ると、『テナガザルが池に落ちた。』との連絡でした。担当者は一目散にギボン島に向けて駆け出して行き、池に着くやそのままの服装で、土色ににごった池の中に飛び込み、すでに沈んでしまっているトミー(オスの愛称名)の手を握って、池の中からあがってきました。すぐに人工呼吸などを繰り返したのですが、トミーは二度と息を吹き返す事はありませんでした。このトミーの死によって、わずか2年の間に二人(頭)の友を亡くすことになり、今回の事故は自分の眼の前で起こってしまったのでした。
この日からドンとミミ(シロテテナガザルのメスの愛称名)との二人(頭)だけの生活が始まり、平穏な日々が続くかに思われましたが、ドンにとってただ一度だけの冒険の旅が、待っていました。
昭和47年7月21日。出勤して来た飼育係が島に渡るためのボートが岸から離れ島の近くに流されているのを発見。島の中を見るとドンの姿が見当たりません。そうです。木に掛けてあったはずのボートのひもがほどけ、島に向って流れて行ったのをドンが利用し脱出したのです。島から離れたドンは、自由気ままに木から木へ。しかし、その自由も長くは続きませんでした。飼育係に周囲をとりかこまれたドン、は島に向ってもどるしかありません。島に向って木から飛びついたドンですが、島にはわずかに届かず池の中にザブーン。手をのばして島につかまりよじのぼると、ドンも飼育係もホッとしました。ドンの命がけの冒険旅行でした。
しかし、そんなつらいことばかりがあった訳ではありません。ドンとミミの間に二世が誕生することになりました。
昭和49年8月31日、オスの子が誕生し、開園当時とはちがう賑やかな家族での生活が始まりました。
昭和52年1月5日、第二子のメスの子が生まれましたが、残念なことに凍死してしましました。
昭和53年7月10日、第三子のオスの子が誕生し、始めの子と共にすくすく成長して行きました。
しかし、ボウシテナガザルとシロテテナガザルは同種とされることが多いが、ボウシテナガザルのドンにはボウシテナガザルのメスをということで、昭和54年7月27日にメスが来園してきました。同じに、ミミとの間に生まれた2頭の子がオスということもあり、同年8月2日放出することになりました。この時から、ドンの生活は一変して行きました。
喜びは悲しみ以上に長くは続きません。2頭の我が子との別れ、その捕獲の際に最愛の妻のミミがショックで死亡してしまったのです。開園と同じに生活を共にした4頭も、ドンただ1頭になってしまったのです。来園したばかりのメスともうまく行かず、いつもドンに追われ逃げまどうメスも、逃げる場所もなくなり、昭和55年1月24日冷たい池の中に落ちて死亡してしまいました。最後までドンとの間に気持ちが通じることはありませんでした。
私が担当を始めたのが、ドンがやもめ暮らしを始めて1年7ヶ月ほど過ぎた昭和56年9月1日からでした。島に渡ると首に抱きついてくるドン。あの犬歯を見ると体を動かすこともできませんでした。しかし、ドンも一人ぼっちの寂しさからだったのでしょう。年月がたつにつれ、ドンの体を自由にさわることが出来る様になってくると、池の周りに立ち寄った私にオーオーと鳴きながら木につかまり体を動かす姿が、私を呼んでいるようにさえ思えてきました。1日も早く新しい花嫁をと思い、何度か探してもらったのですが、来園して来るメスはいつもボウシテナガザルではありませんでした。
そんな折り、横浜市の野毛山動物園への婿入りの話がもちあがってきました。『野毛山動物園に4頭のメスがいて、ドンを預らせてほしい。』とのことでした。『もし、日本平動物園で飼育したいのならメスをゆずっても・・・。』『でも、前のメスの様に仲がうまくいかなかったら。』と、そんな心配もあり、野毛山動物園への婿入りが決まったのです。
ドンの木から木へ飛び移るスピードのある動きは、お客様の人気の的でしたが、そのすばらしい動きを見られなくなる寂しさよりも、ボウシテナガザルというこの動物が、1頭でも多く誕生し増えて行くのを望むのが、私達動物園人、又動物を愛する人ではないでしょうか。
頑張れドン!