41号(1984年10月)16ページ
動物病院だより
9月21日朝、いつものように類人猿舎の通路を歩き、サル舎の一部屋、一部屋をのぞいていきました。そしてオランウータンのメス親(クリコ)の部屋をのぞいて、ふと、「クリコ、なんで床に座りこんでいるの?」これが、私が最初に思ったことでした。そしてもう一度見ました。それは、クリコの最期の姿でした。
次に子(ジュン)を探しました。
「あれ!どこに行ったんだろう?」
よく見ると、クリコのおなかのところにしっかりとしがみつき、眠っていました。
死亡する3日くらい前に嘔吐が見られ、その後、微熱があり、食欲がなく、状態は良くありませんでした。けれどこんなに早く死が訪れるとは思っていませんでした。
クリコは、この動物園に4才くらいの時にやってきました。それからずっと松下飼育課員が世話をして来ました。今から4年ほど前に、鼻汁や咳をするようになり、薬をミルクに混ぜて飲ませたり、吸入療法(薬を霧状にして吸わせる治療)をやり続けましたが、ほとんど毎日咳や鼻汁が見られていました。また冬になると、寒さとともに体温も低下したり、逆に真夏になると上昇してしまい、グッタリとして食欲もなくなってしまう状態がくりかえされていました。今夏の異常な暑さをどうにかのりこえてくれたと思ったのですが、とても残念な結果となってしまいました。
解剖してみると、やはり肺はほとんどといっていいほど病巣におかされ、呼吸が充分にできないようでした。死因は、気管支肺炎でした。
それから2日後の9月23日、慰霊祭が行なわれました。園長の代理として次長、友の会代表より「慰霊の言葉」がのべられ、続いて昨年死亡した動物たちの名前を読みあげました。発情期に何人かの飼育係に傷を負わせたダチョウのオス(脳内出血)、後肢がうまく歩けないので獣舎の出入りを担当者が手伝っていたアルダブラゾウガメ(肝硬変)、4月1日から3日にかけて4頭出産し、産後の回復ができなかったココノオビアルマジロ(肺出血)、来園以来ついに正常な卵を産めなかったダチョウのメス(腹膜炎)・・・。
その後、献花が行なわれました。各人、各々の思いで、慰霊碑の前に白や黄色の菊をささげました。飼育職員、友の会会員の他に、今年は一般のお客さんも参加してくれました。
来年は、読みあげられる動物の数ができるだけ少なくなるよう、皆で努力したいと思っています。