42号(1984年12月)4ページ
良母愚母 第二回【シロガオオマキザル(母への道は険しく)】
モンキー舎の一番小憎たらしいサル、それがシロガオオマキザルです。開園以来で、つきあいも長く、飼育係が特別いじめた訳でもないのに、これ程飼育係嫌いのサルも珍しいと言えます。
メスは、来園時より非常に弱々しさを感じさせました。放飼場でうずくまるように丸くなっていたことが、度々あったからです。そんな姿勢を取っている時は、ろくなことがありません。危険信号を発しているようなものです。
一度は、同居しているクモザルやオスとも分けて、飼育したこともありました。私が、最初に担当した動物のひとつだけに、そのことはよく覚えています。ちっとも懐いてくれず、可愛らしさもなかったものの、冬の間中不安がつきまといました。
弱さは、成獣に達して出産を迎えたところで、如実に表れました。無事に産みながらも、乳が出なかったのです。三日後に死んだ子の胃内は、空っぽだったのですから何よりもの証拠です。
その後も、死産、流産を幾度繰り返したでしょう。一度は一メートルもジャンプできない程衰弱し、入院させたこともありました。でも、これは彼女の弱さばかりが責任ではありません。飼育係(特に担当の長かった私)の南米産のサルに対する認識不足も、大きく響いていました。
彼女は、より多くのたんぱく質を求めていたのです。アジアやアフリカに棲むサル類は、週に二〜三度、卵黄を与えていれば充分だったのに、南米に棲むシロガオオマキザルにとってはそれぐらいでは全くと言っていい程足りなかったのです。
たんぱく質の質と量を高めて、どれぐらい経ってからでしょう。ある朝突然、子供を抱いている彼女に出会いました。驚き、慌てました。認識を改め、飼育方法を変えたとは言うものの、今まで子を産んでもろくなことがなかっただけに、嬉しいよりは不安のほうが遥かに先行しました。
人工哺育も真剣に考えました。少しでも変な抱き方をしていれば、子を取りあげたでしょう。が、胸にしっかり抱き、限りない愛情を示していれば、ためらわざるを得ません。でも四十八時間ぐらい過ぎた頃が要注意です。それぐらいの時間が経過してから、子が少しでも弱っている素振りを見せれば、どんなに母性愛を示していても、取りあげるしかありません。
認識の改めは、一頭の良母を産み出すのに成功しました。子は日々順調に成長し、私に楽しい子育て日記を綴らせてくれました。更に二年後にも、この母親は出産し、無事育てあげました。いつ見ても弱々しさを感じさせましたが、育児に関しては見事な良母ぶりでした。それにしても、反省させられることしきりです。もう三〜四年はやく気がついていれば、悲劇を度々繰り返さずに済んだのでは、と思えるからです。