42号(1984年11月)5ページ
良母愚母 第1回 チンパンジー(遠い良母への道)
サルにとって交尾も学習なら、育児も学習である、と断言するには幾つもの反例があるので、トーンを下げざるを得ませんが、常識的にいって人工哺育で育ったサルは、まず“ダメ”と思ってもらっていいでしょう。
今から5年前、つまり開園10周年の時に、東京都多摩動物公園より3頭のチンパンジー(オス1、メス2)をいただきました。オスのポコは、群れの中で育ったということで、交尾ができない心配はありませんでした。が、メスのパンジー、デイジーには、2才足らずで母親より取りあげられ、ステージに上がったと言うことで、出産した場合を考えると育児に多少の不安が残りました。
共に成獣に近かったので、妊娠、出産は思いの他早く、彼らが来園して1年7ヶ月後に、まずパンジーにやってきました。育児ができるかできないか、出産時に子を投げ捨てたりしないか、色めく瞬間が・・・。
静かな落ちついた出産でした。授乳も程なく確認され、ここまでは私たちの不安を取り除いてくれる形となりました。とにかく愚母の仲間入りはしませんでした。
思い出して頂けますか?そうは言ったものの、その後のあまりにもの乱暴な育児ぶりに“ぐうたらママ・ワースト10”の中で、番外でながらランクされたのを。ほったらかしにする、引きずり回す、傷がつくほどグルーミング(あいさつ行動のひとつ)するなど、眼を覆いたくなる程でした。
ピッチー(メス)と名付けられたその子は、不幸にも風邪で他界し、そのひどい育児劇は幕を閉じましたが、育児は学習であること、子は母の手によって育てられるべきであることを痛感させられた出来事でした。母性愛、母性本能だけではどうにもならなかったのです。
片や、デイジーの方。パンジーとはほぼ同齢だったのにも拘らず、妊娠、出産はずいぶん遅れました。昨年の2月8日、来園してから4年経ってようやくのことでした。初潮がくるのが遅かったのだから、それぐらいかかったのも当然かもしれません。
さあ、その母親ぶりですが、産む前からすでに信頼を失っていました。
「こいつはダメだ。人工哺育になるよ。」と担当者はにべもなく言い放ちました。どこかトロくさいイメージがつきまとっている、そんな印象が不信感を招いてしまったようです。
結果は、案の定。抱くだけは抱きましたが、それだけです。哺乳するどころか、逆さまに抱いたり、寝袋に入っても子は足元に置いて放ったらかしにしたり。
「ダメだ、これは。」と、人工哺育への結論は簡単に出ました。正真正銘の愚母。新しいぐうたらママの仲間入りです。まあ人(サル)がいいだけが、取り柄と言ったところでしょうか。
この後、経験を重ねることによって、良母への期待はどうでしょう。パンジーは、その期待が大でした。ところが子を失ったショックからか、それからは全くの交尾拒否。出産を望みようもありません。
デイジー、先ごろまた流産してしまいました。例えそれがお腹の中で無事に育ち産まれたとしても、愚母ぶりを繰り返したのでは。育児能力は限りなくゼロに近い、残念ながらそれが彼女に抱く実感です。