43号(1985年01月)3ページ
良母愚母 第三回(猛獣編)【クロヒョウ(愚母より変身)】
私が、動物の成長記録を撮り出した二番目の動物が、クロヒョウです。人工哺育ゆえ、きめ細かく記録できたのですが、二度、三度と続いたので、次第にその記録の撮り方は、荒っぽくなってゆきました。要するに珍しくなくなって飽きてしまったのです。
と言うことは、愚母。人工哺育を繰り返さざるを得なかったのでは、誉めようもありません。“ぐうたらママワースト10”の中では、クロヒョウは、第二位にランクされました。かなりきつい位置づけですが、人工哺育に切り換える前にも二度育児に失敗しているのですから、負の実績が大きすぎました。
では、本当に駄目な母親だったのでしょうか。いいえ、そうではありません。彼女は、静かに落ちつける環境を求めていたのです。育てる気はあったのに、育てられる環境ではなかったのです。
寝室に“箱”を入れる発想は、そんな苦汁を飲み続ける中からうまれました。人工哺育は、やむを得ない結果が生じて、生かす為にはそれしかない時にだけするものだと、何度も何度も語っています。
だからこそ、当時の担当者も獣医も悩み、苦悩し、いろいろな方法を考えました。考えた末にでてきたのが、“箱”を入れてはどうかということです。そうすることで、保温(二度の失敗はコンクリートの上で尿にまみれて死亡)と死角(見られない安心感)の効果があります。
結果は、どうだったでしょう。彼女は、見事に変身しました。「姿は見えなくても、元気な声が毎日聞こえる」と当時の担当者は、安心したように、ほっとした表情でよく語っていました。
順調に成長して、一応性別を確認しようということになり、親だけをシュートに出して子をつかまえた時のことです。まだ三ヶ月そこそこの子でありながら、怒り凝相はすさまじく、小さくても猛獣の片鱗を覗かせました。そして人に対してこの上ない嫌悪!!
それでいいのです。メスであったか、オスであったかは忘れましたが、己がクロヒョウであることを自負している何よりもの証拠です。メスなら、そんなふうに育ってこそ次代の良母候補となってゆくのです。
ともあれ“箱”の効果は、すごいものでした。以後、クロヒョウに関しては、人工哺育の声を聞くことがなくなったのですから。