44号(1985年04月)3ページ
良母愚母 第五回【ニホンシカ(良母群も平凡過ぎて)】
かつて、第二号だったでしょう。繁殖動物ベスト10、哺乳類の部の中で第三位に入っていました。四〜五頭のメスが入れ替わり立ち替わり出産した結果です。人工哺育騒ぎは一度も起こしたことがないのですから、“良母の群れ”の表現がピッタリ。
が、しかし、これ程目立たず、軽視される動物も、他にはいないくらいです。オスの雄姿を示す角も、そのままにしておくと飼育係に危険が伴なう為、伸び切って角を覆う袋がむけた頃にバッサリ。余計に地味さを誘っています。
日本に棲む草食獣は、そうはいません。他にはせいぜい、同じ仲間のエゾシカ、ウシ科のカモシカぐらいのもの。それが、世界中のいろいろな動物と一緒に並べられてしまうと、途端に目立たなくなってしまうのです。日本を代表する動物でありながらです。
そんな彼等でも、野において出会うのは容易ではありません。素人の方が、絶対に間違いなくここにいる、と言われる場所に赴いてもまず出会えないでしょう。そこにいた証拠に体臭でも感じられればいいほうです。それ程幽玄に充ちた世界で秘かに生きているのです。
十年以上も前のことですが、その彼等に出会う為に丹沢まで赴いた時のこと。二日目にプロミナーから覗いてながらやっと彼等に出会ったその帰り、秋も深まろうとする季節であったことから、オスの恋の雄叫びが丹沢の山々をこだまして響いてきました。その雄叫びの雄々しさ、それは正に野生の叫びでした。同じシカでありながら、動物園のシカとこうも鳴き声が違うのか、と驚きもしました。
かなり将来のことでありながらも、日本産コーナーを造ろうとする計画があります。前に述べた、野生の状態のほうが、他の国の動物と対比して見られるし、特にシカのような地味な動物も浮かび上がってくるような気がします。
春から初夏にかけて容易に見られる「親子の仲睦まじさ」「子鹿のバンビの可愛らしさ」見過ごすには、あまりにも惜しい光景ばかりです。それを身近で見て楽しめるのは、動物園にいるからこそ。そろそろ子育てのシーズン。たまには足をとめてとくとゆっくり御覧下さい。