46号(1985年07月)7ページ
良母愚母 第6回 ◎ベンガルヤマネコ(良母の夢を追うも今はなく・・
ベンガルヤマネコを語ろうと思えば、どうしても雷雨が浮かんできます。そして、停電―。新夜行性動物館において、初めて出産した動物でなかったものの、中華人民共和国西安市より頂いた動物だけに、大きな喜びとしての話題と、肉食動物について回る不安、ひょっとして食べてしまわないかが、交錯して渦まきました。
そんな中で雷雨と停電騒ぎです。せっかく作ってあげた巣箱にも不備な点があり、母親は子をくわえて、部屋中右往左往したそうです。やむを得ず、子は人工哺育に切り換えられました。
人工哺育と言えば、愚鈍な母親か、神経質すぎる母親がまず眼に浮かんできます。でもベンガルヤマネコの場合は、飼う側に全ての責任がありました。母親に育てる気がありながら、それをさせてあげられなかったのですから―。
語ることができたのなら、口惜しいとも言い、子を返せとも言ったでしょう。多くの人工哺育を体験しながらも、母親から無理矢理奪っては、理由はどうであれ今までありませんでした。今回が初めてです。後味の悪さを気にしたのでしょう。担当者も最後までしぶりました。
「お乳を吸っていて、母親が立ち上がるとそのまま子が引きずられて、巣箱から出てきちゃうんだよな。何か、子が引っ掛かって巣箱の中に残るようなものが欲しかったよな。」雷雨、停電で母親が神経質になったことより、その為に人工哺育に切り換えるしかなかったことによって自責と悔いにかられたのでしょう。担当者がふと漏らした反省の弁でした。
この反省が生かされる機会はすぐにやってきました。子を盗られたことによって、母親は2度目の子をすぐに身ごもったのです。いや旺盛な活力に全く驚嘆するばかりでした。
巣箱の出入り口に数cmのベニヤ板をあてがってやる、ちょっとした工夫はそれでよかったようでした。細切れの情報ながら、ミルクをよく飲んでいるようだ。最近は巣箱からちょくちょく出るようになっている。父親ともけっこうふざける。等々を聞くことによって、順調に成長している様子がうかがえました。
それからどのくらい経っているでしょう。母親の体調がどうも思わしくない、餌もせいせい食べない、との情報が私たちの耳に飛び込んできました。まだ若いという意識があっただけに、それが間もなくやってくる死と結びつけることは、とても、とても―。
せっかく良母であることを立派に示し、2頭の子を見事に育て上げながら、彼女はあっけなく他界してしまいました。更に追いたい繁殖の夢は、残された子に託しましょう。
(松下憲行)