でっきぶらし(News Paper)

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良母愚母(第九回)・ツキノワグマ

★ツキノワグマ(今では、かすかな思い出になりつつ…)

 ツキタはともかく、チュウタやアキコは何かで聞き覚えのある名前ではありませんか。これにイッテツやヒュウマ、ホウサクを加えれば「ははん」とうなづけるでしょう。ある人気漫画からつけられた名前です。それもずいぶん前とくれば、彼女たちは開園以来の動物であることが、容易にうかがえると思います。
 チュウタとはオスの名前ですが、実際はメス。理由は簡単。オスと誤解しただけのことです。と言うことで、オス一頭にメス二頭。いいバランスで飼育されたことになります。が、繁殖となるとあまり奮いません。遠い過去に二度程あっただけで、育ったのは一度ぽっきりです。
 かれこれもう八年は経っているでしょう、かすかな記憶をだとってゆくと、当時の担当者の安堵した顔がまず浮かんできます。「今回は、交尾を見てなかったんだよな。だけど、去年のこともあるんで、それに冬ごもりするんだから、うんとわらを敷いといてやったんだ。そしたらしっかり子を産んでやがんの。放っといたらヤバかったなあ。」二度、三度、胸をなでおろすようにそう語りました。
 前年の失敗(母親が咬み殺した)に懲り、周囲をできるだけ静かにするように配慮。金網にはよしずをしっかり張り、まず外からは覗きようもないぐらいでした。そのかいあってか、子はすくすくと育ってゆきました。
 きっと、観客に喜びをいっぱい与えていたと思います。七時間半放飼場にいる内、三時間内外の遊びがあり、授乳も五〜七回、時間にすれば四十分内外あった訳です。
 日中、たいてい動物は寝そべっているもの。それがこんなにも活動時間があり、その上親子でいるのですから、目をうんと楽しませた筈です。私自身、母親の後を一生懸命ついていった子の姿を忘れることができません。 
 それもこれも、遠い過去の夢。今では交尾の”こ”の字も聞けなくなりました。いつしかきれいに忘れ去られてゆくのかと思うと何やら寂しくなってきます。

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