でっきぶらし(News Paper)

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アクシスジカ 落角の季節

                                           (松下 憲行)
 ヒューッと木枯らしの吹く頃が、アクシスジカの落角の季節である。もっとも、これは決まり切っている訳でなく、個体によってまちまち一定の季節がない。この辺はニホンのシカのように春に落角して、生え替わった角が秋にむける、ひとつのパターンがあるのとは対照的である。面白いと言えば面白い。

 毎年十二月頃で今年は十一月三十日。今までの中で落ちるのが一番早かった。厳密に言えば一年丁度のペースで落ちるのではなく、年によって割合にずれがある。それに両方の角は一度に落角しない。一〜二日のずれが生じる。この辺も面白いと言えば面白い。
 二〜三年前、そんなアクシスジカの状態を記録しておこうと、カメラを向けていた時の観客の話。おかしいやら、けっさくやら、よくぞそんな風に受け止められると感心させられた。
 『きゃあ、かわいそう』とは若い女性。『ひでえことしやがる』とは一般に男性。
黙って通り過ぎる人もいたが、おおむねこの二グループに分けられた。かわいそうでも、誰もひどいことをした訳でもないのだが、角が落ちる、それも左右に日のずれがあることが理解できず、いきなり一本だけのシカの角を見せられて、そんな誤解をしてしまったようだ。
 ニホンのシカはどうなのであろう。アクシスジカのように、左右の角が落ちるのに多少のずれはあるのだろうか。現実に確かめようにも、何せ気性が激しくそのままにしておいたら、飼育係にまで向かってくるので、伸び切って皮がむけたところでバッサリ。アクシスジカのようにそのままの状態で見ることはできない。
 落ちると同時に、角はゆっくりながら再び生え始める。落ちた後は怪我した時のように赤くなり、血もにじんでいるが、その傷口が乾き肉が少し盛り上がってきたと思ったら、それがもう角の生え始めである。半月ぐらい経過しているだろうか。
 少しずつ、何かのアクシデントでもない限り順調に伸び続ける。最初の枝分かれするのに一ヶ月ぐらいかかるだろうか。更にもう一度枝分かれするのに二ヶ月ぐらいかかるだろうか。枝分かれはそれでおしまい。ニホンのシカに比べ枝角は一本少ない。
 伸び切るのにだいたい四ヶ月ぐらい。ニホンのシカもそれぐらいかかっている。多少の日の違いは、種の違いよりも個体の違い。その時の体調や餌の摂取量の差によって出てくるのではなかろうか。
 伸び切ると同時に角研ぎが始まる。そこらじゅうの木や小屋の柱にごしごし、茶色の皮をかぶっていた角が、鋭くとがった白い完成した角を見せる。ニホンのシカがこの時荒々しくなるのは、それが同時に恋の季節だからだ。激しい雄叫びと共に雄同士の雌をめぐっての争いが始まる。闘いに勝った雄のみが雌を占有する権利を持つ。負ければすごすご退散あるのみ。同情してくれる者はいない。飼育下では雌でさえ、そんな雄をいじめにかかる。
 アクシスジカには、どうもそんなところが見られない。角の皮がむけたからと言って、特別気が荒くなる訳でもない。確かに自信をつけ、威張り出すには威張り出すのだが、ふだん付き合っていてようやく分かる程度の威張りかたである。まあ、担当している身としては、それぐらいのほうが楽でいいのだが…。
 完成した角は素晴らしい。シカの魅力は、何と言っても角にある。角のないシカなんて、香りのぬけた酒みたいのもの。いったい何を味わえようか。その意味では、アクシスジカを飼育できたこと、非常におとなしい性格であったことは幸いである。
 世界にはいろいろなシカがいて、角の形も様々。トナカイのように枝ぶりも見事で、かつ雌にまで生えているのもいれば、キョンのようにお愛想程度のもある。中にはキバノロのように生えてこないのもいる。
 アクシスジカもどちらかと言えば、枝角が少なくさっぱりしているほうだ。でも、私は体の斑紋がきれいなだけでなく、角も美しい部類に入ると思う。真正面から見ると、鋭くとがった三日月が向かい合っているようだ。闘争の道具と言うより、雌を魅惑する為のものだと言うのが、はっきり感じて取れる。
 そんな魅惑を感じさせてくれる雄も、今は哀れなもの。角がない為に、角がちょこんと生えているだけの若雄にも馬鹿にされて追われ、餌を食べるのもままならない。今に覚えていろの心境だろうか。雌からも離れてぽつんとひとりぼっちでいることが多い。
 そう、そんなにしょげくり返ることもない。落角するのが早かった分だけ、生えてくるのも早い。後三ヶ月もすれば、再び立派な角のあるシカに戻ることができる。そうすれば、小生意気な若雄にも馬鹿にされることもあるまい。それまでの辛抱だ。
 最後に話はややずれるが、角の生えている状態のアクシスジカをひどく恐れた。担当を命じられた時、とてもそのまま入ってゆく気にはなれなかった。と言うのは、それまでここを通る度、何とも形容し難い鋭い眼付きで威嚇されてきたからだ。
 それにいきなり彼等の縄張りに入ってゆくのだから、攻撃されるのではないかも考えた。担当してみればおとなしいシカだが、今でも担当者以外には、いゃあな眼付きを時折しているようだ…。

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