52号(1986年07月)6ページ
思い出の動物達◎トドのラニー
私が担当を命じられた頃のトドのラニーは、非常に気性の荒々しい個体でした。担当する前にも、何かの用で飼育係が数人入っていったところ、トドに追い回され、一人の飼育係が”あわや”の瞬間にたもをトドの顔にかぶせ、かろうじて逃げおおせた、そんな「事件」もあったぐらいです。
餌を与える度にケンカ。一t以上もあろうかと思われるのに、竹の棒一本で立ち向かってゆきました。今から思えば、恐いもの知らずというところです。若さというか、バカというか―。
比較的おとなしくなったのは、アシカの行き来を自由にする為に、池の間を仕切ってあった壁に穴を開けると、逆にトドのほうが広いアシカ側の池に移ってしまってからのことです。池が狭過ぎてストレスがたまっていたことが、荒々しくさせていたようでした。
心配されたアシカとのトラブル。それはむしろ逆の結果として表れました。トドに魚を投げ与えている時、横取りされることがしばしば。トドがむきになって追いかけるも、素早く動き小回りのきくアシカに翻弄される、そんなことが度々繰り広げられたのです。
ひとりぼっちでやはり寂しかったのだろうなと思わせられたのは、アシカのジュンが出産した時。どういう訳か、何のつもりか、亭主気取りでアシカの親子にぴったりくっついて離れようとせず、大いに気をもませました。
本来、海獣類は大きな群れを作って生活しています。ということは、社会性が強く寂しがり屋と考えてもよいでしょう。でも、トドのようにバカでかい動物を数頭で飼育するのは、ちょっときつい注文です。結果として習性を無視することとなり、アシカの親子にまつわりつく歪んだ形を招いたようでした。
そんなトドのラニーも、呼吸器系を病み、ぜいぜいし始めて餌もろくに食べなくなってからは、見るも哀れでした。鮮度の良い魚を与え、人間様の口にもおいそれとは入らない新鮮なイカを与えたりもしましたが、結局は駄目。遂に息絶えた時には、体重は本来の半分近くにまで減っていました。