53号(1986年09月)6ページ
思い出の動物達(?U)◎キリン・タカコ
獣医が目撃した悲劇の一瞬。朝一番、いつものように見回りをしていると、キリン舎のほうからドタンバタンという異様な物音。中を覗けば、キリンのタカコが、部屋の片隅のわずかな隙間に首を突っ込み、それが抜けずにもがき苦しんでいたのです。
何もしようがありません。背丈五m、数百kgのキリンがどんな理由であれ、暴れると近づくことさえ危険です。血圧の高いキリンにとって倒れることは死を意味しますが、それでもその時は何の方策もなく茫然とながめているしかなかったでしょう。
私達が目撃したのは、結果だけです。タカコの亡骸と無残に壊れた扉、歪んだ金網、その他の痕跡・・・。
十数年間も同じ場所で飼育していて、それは思いもよらない事故でした。キリンにとって全く隅っこの数十cmの隙間に、どうしてわざわざ首を突っ込まなくてはならなかったのでしょう。不思議でなりません。
もし、娘のトクコがしっかりした母親になっていれば、そうはタカコのことを思い出しはしないでしょう。が、トクコは当園きってといってもいいぐらいのぐうたらママ。何せ初産の時には、我が子にハイキックを見舞ったぐらいですから、どうしてもタカコのことが偲ばれてきます。
トクコがどうしてそんなぐうたらママになったのかは分かりません。学習は、母親を通じて充分にしていた筈です。なのに未だかかって、自ら生んだ子は愛情のかけらすらも示したことがないとは・・・。
飼育係の育児なんて、どんなに話題になって面白くても、結局はしまらない話です。後々に又、大変な問題をかかえこむだけなのですから。
キリンの親が我が子を慈しむ。それは日本平動物園にとってだんだんと夢になりつつあります。くどいようですが、その度にどうしてもタカコのことを思い出すのです。本当にいい母親でした。ごくふつうに写真を撮っていても親子の情感が溢れ出てきたぐらいです。
事故さえなければ、まだ何頭かは生めたでしょうに、それを考えれば、担当者ならずとも悔しさが込みあげてきます。