でっきぶらし(News Paper)

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思い出の動物達(?U)◎オグロワラビー・ビビ

手のひらから生まれ、手のひらの中で死んでいった。ビビの生涯を端的に表現すればこうなるでしょうか。
母親の袋から落っこちて人工哺育に切り換えられたのは、六年余り前。比較的大きく成長していただけに、人工哺育そのものはそう苦労はなかったようです。(こんなに軽く書いてしまうと当時の担当者に叱られてしまいそうですが・・・)
彼女、ビビが私達にとって貴重な存在になったのは、一人前になってからです。前記のような形で大きくなりながらも、担当者の努力で仲間との同居が可能に。そして妊娠が分かった頃より、記録班を初め、カメラを持つ者の眼の色が変わり始めました。
御存知かと思いますが、オグロワラビーは有袋目でカンガルーの仲間です。いわゆる赤ん坊をお腹にある袋の中で育てる動物です。今をときめくコアラも、平たく大きく捕えれば、この仲間に入ります。
一人前になり、妊娠したら何故注目!?考えても見て下さい。袋の中に赤ん坊がいるからってそうそう覗けるものではありません。それがビビにおいては、全く容易に可能だったのです。神秘のベールを取り除いてくれたのです。無論、そこまで導いてくれた担当者の努力も忘れてはなりません。
私にとってそれを極めつけてくれたのは、三年程前の決定的瞬間です。小雨混じりの朝、担当者が私のところへやってきてカメラはないかというのです。聞けば、ビビが出産の最中だとのこと。
カメラを持って、急いでその場に向かったものの、子の姿がしばらく見えず、チャンスは逸したかと思ったのですが、ぎりぎりセーフ。お腹をはうところも、正に今、袋の中に入ろうとする瞬間も撮ることができました。
これも人馴れしていてくれたおかげでしょう。一m以内の至近距離からストロボの光をぼんぼん浴びせられながらも、ビビはゆう然とお産をしていたのです。人工哺育に対しては何かにつけてケチをつける私も、この時ばかりは感謝せずにはいられませんでした。
写真集を思い出して下さい。あれは正しくビビの軌跡です。彼女がしっかりと生きていた証明です。有袋類の生態の妙をあれ程見事に披露した例はそうないでしょう。
そのビビが胸をやられて他界したのは、昨年の春のことです。寿命は、わずかに五年余り。あまりにもあっけない散りかたでしたが、私達の胸に刻み込んだ重みは、計りしれないものがあります。

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