53号(1986年09月)9ページ
鳥類の繁殖 タンチョウ
タンチョウは昭和十四年に国の天然記念物、昭和二十七年には特別天然記念物に指定されました。この頃には北海道東部の釧路湿原付近に数十羽しか生息していなく、絶滅の危機に瀕していました。その後国際保護動物に指定され、渡り鳥条約による特殊鳥類にもなりました。
また、地元の保護団体の努力により、年々増加してきており、現在では五百羽位になっています。最近の情報によれば、国後島(クナシリトウ・・・ソ連領)でも生息が確認され、北海道で繁殖したものが移りすんだのではないかと言われています。
このように多くの人々の努力により絶滅の危機はまぬがれましたが、まだまだ保護対策が充分ではありません。湿原の開発により、新たな問題も起きてきています。私達は今後も注意深く見守っていく必要があります。
それでは飼育下でのタンチョウの状況をみてみましょう。タンチョウは、国際的に血統登録がなされています。各々一羽、一羽に人間の戸籍簿と同じように出生から死亡までの状況が記録され、国際的に移動等の管理がなされています。この登記業務は、東京の上野動物園が担当しており、ニホンカモシカの国際登録と共に重要な役割を果しています。国内では北海道から九州までの十六園館で約八十羽が飼育されています。当園で飼育している個体は、東京の多摩動物公園と上野動物園よりブリーディングローン(繁殖の為の貸し借り)として来園したものです。雄は一九八一年六月十三日、アメリカにある ICF(国際ツル財団)で繁殖した個体です。雌の方は一九八二年六月二十一日、多摩動物公園で生まれ、人工育雛で育った個体です。登録簿を見てみますと、雄の登録番号は二八−四三で、登録名称は ICF四三となっており、雌の方は、一八−一四、TAM−一四となっています。
今年、初めてこの番が繁殖に成功しましたので、その状況をお話します。雌は一九八三年十二月十四日、雄は一九八五年二月三日に来園し、搬入と同時に同居させました。それからわずか一年余りで自然繁殖しました。雄が五才、雌が四才の時でした。相方共、繁殖年令の下限に近く、人工繁殖の個体同士ということを考慮してみれば、中々の快挙だと言えます。ICFでは人工育雛といっても日本と違い、人の姿を見せないで育て、人に慣れさせないようにして、次の繁殖に対してスムーズにいくよう配慮しているといわれています。事実、この雄は人に慣れていなくて、担当者が入舎すると、カーッと声を出して威嚇してきます。雌の方は人づけされていて人をあまり恐れません。こういう個体同士ですので、こんなに早く繁殖活動を始めるとは思っていませんでした。
幸いにも両親とも、支障なく子育てに励み、無事成育しました。産卵したのは四月二十三日と二十八日でした。少し間が空きすぎていますが、普通は二〜三日後に第二卵を産みます。抱卵は雌雄交替で行います。抱卵中は非常に警戒心が強く、担当者がツル舎に近づいただけでクォーと大きな声を発します。その為、入舎時は極力刺激を与えないように給餌のみとし、短時間で退出しました。それでも時々攻撃してくるので神経を使いました。最初の卵は、孵化予定日になっても孵化しませんでした。第二卵目が三十三日後の五月三十一日に無事孵化しました。孵化後しばらくは親が座って抱いている為、姿が見られないことが多く、時々翼の間から顔をのぞかせる程度でした。翌日には自分で歩く様子が見られ、ついばみ動作も見られました。雛と親が巣から離れた時に、第一卵を回収して調べたところ無精卵でした。こういったことはよくある事で、むしろもう一卵が孵化したことの方が運が良かったくらいです。この雌に限らず、鳥類一般に最初の産卵では、交尾が見られても無精卵になることが多く、一腹全部が有精卵ということはほとんどありません。翌年の繁殖から有精率が高くなり、繁殖していくようです。
餌は、アジ、ドジョウ、養鶏用配合飼料、小麦、青菜、それに雛用にミルウォーム、ミミズ、トキ用配合飼料を与えています。親はこれらの餌をついばんで雛の前へ運んでいき、グルグルと声を発して食べるようにうながします。アジは親が小片にして食べやすくして与えます。雛は親が嘴でくわえているのを、直接ついばむこともあります。体が小さいうちは、ミルウォーム、ミミズ、ドジョウ等動く物に反応し、親もそれらを熱心に与えていました。しかし、一ヶ月位までは体の成長があまり目立たず心配しました。コオロギ、バッタ等の昆虫はまだほとんど発生しておらず、自家製のミルウォームは多くある為、一日百匹以上与えました。
一ヶ月を過ぎた頃からドジョウやアジの大片を飲みこむようになり、日増しに成長してくるようになりました。二〜三ヶ月になるとアジを丸のまま飲みこむようになり、羽毛も雛毛から幼毛に換ってきました。四ヶ月に入ると親と同大になり、次列風切羽(尾羽のように見える部分)も黒く目立ってきました。五ヶ月になると茶色の羽毛が抜け落ち、替わって白い羽毛が生えてきました。親のように頭頂が赤く、体全体が成長羽になるには三〜四年かかります。
やがて雛の成長がとまり、次の繁殖期が近づいてくると子分けをしなければなりません。冬至が過ぎ、年が明ける頃になると親は鳴き交わしや鶴舞を始め、番の絆を深め合います。野生ではそのころには雛は親から離れ、他の親鳥や若鳥と群れをつくって越冬します。親と同居させたままで置くと追い出し行動により、攻撃を受けて死亡することもあります。
ツルに限らず、鳥類の繁殖には、常にその生態、習性等を考慮していかなければうまくいきません。哺乳動物程の鷹揚さがなく、ある意味では融通がきかないという面が多々あります。ハ虫類程頑固ではないので、工夫次第では応用がきく場合もあります。
しかし、これまでに数々の失敗も経験しました。試行錯誤を繰り返しながら、飼育技術の向上をはかり、新たな気持ちで今後の飼育に務めていきたいと思っています。
(渡辺明夫)