57号(1987年05月)4ページ
動物の食べ物 第七回【クマ】
日本の山々に棲む猛獣といえば、ためらうことなくクマが浮かんできます。九州から本州にかけてはツキノワグマ、北海道には更にひと回り大きいヒグマと。
時折、山菜を採りにいった人や登山者がばったり山の中で出会って、非常に恐ろしいめに遇ったことなどが、新聞の三面記事を賑わすことがあります。が、それはツキノワグマでの話。北海道のヒグマではかなりスケールが違ってきます。かって明治時代のことですが、開拓民を襲ったヒグマの話などはあまりにも悲惨です。冬ごもりしそこなったのが「人喰い」となって暴れ回ったのですから…。
ですが、ふだん彼等にはそんなイメージは全くありません。二本足でちょこんと立ったり、あるいはそのまま腰かける姿は実に愛くるしく、ぬいぐるみの人形そのままの雰囲気です。
彼等の好物にも、猛獣、食肉獣のイメージからかけ離れたものがあります。甘い物、果実類やハチミツが好物なのが、その最もたる例でしょう。
とはいえ、やはり猛獣。そんな物だけで満足する筈はありません。ツキノワグマなどでは、他にザリガニや昆虫、魚がせいぜいですが、ヒグマあたりになってくると、その辺のスケールがぐんと違ってきます。大型の草食獣も襲うし、ホッキョクグマに至っては海に棲むアザラシイルカだって襲って食べてしまいます。
動物園では、それらを与えられようもありません。容易に手に入り、手間ひまをそうかけず、かつ安価であることが、当然最重視されます。それはクマの場合、食性に関する限り神経をすり減らす必要がほとんどない為でもあります。
ニホンツキノワグマ、ナマケグマには、リンゴにパン、食肉獣用ソーセージ、クマ用ペレット(魚粉を主体にした固形飼料)が与えられています。ホッキョクグマはかなり優遇され、馬肉、鶏肉、食肉獣用ソーセージ、リンゴ等が与えられています。
これらの餌が与えられているのは、放飼場ではなく、寝部屋のほうです。食べる場面を見られないのでお客様には不満でしょうが、理由は簡単。餌でもって、放飼場と寝部屋への出入りをコントロールしている為です。狭い寝部屋にすんなり入るのは餌があるからこそ。広い放飼場でお腹いっぱいにしてしまえば入る道理がありません。
年がら年中同じものだからでしょうか、餌があっても入らない場合があります。まさか一緒に中に入って掃除する訳にもいかないし、担当者にとっては一番頭をかかえてしまう時です。が、話を聞いていると、そこは年の功まらぬ経験の功。何もかも忘れて夢中になる程の好物を使って誘ったそうです。かつての話ですが、ホッキョクグマの場合は餌に鯨油をかけてやれば、どんな時でもすんなり入ったそうです。
こうして説明していると、クマは食肉性の強い雑食の動物であることがお分り頂けたでしょう。事実、人の食べる物は何でも好み、動物園で最も月曜病(観客の与える食べ物を貰い過ぎてお腹を壊す)にかかり易い動物でもあります。