64号(1988年07月)5ページ
ベビージャック・オグロワラビー
★オグロワラビー
母親でない個体が、子を奪ったり、あるいは奪おうとすると、私達飼育係にとっては頭痛のタネとなります。そのあおりで余計なトラブルがしばしば起こることを考えればなおさらのこと。
ですが、時にはそれを願うこともあります。みなし子ができてしまった場合です。ニホンザルの場合などでは、時折”美談”として紹介されることがあります。
私達に生態の妙を絶えず見せてくれたオグロワラビーのビビ。胸の病に冒されているのに気付いた時は、すでに遅く、手当ての介なく死亡させたのはもう三年も前のこと。
困ったのはその後でした。ビビには袋からでたばかりの子がいたのです。ほぼ離乳していて取り上げるほどではなかったものの、後わずかばかりの間の保護が必要なように思われました。
救いの神か、仏か、ビビの妹ヒロがわずかに遅れて育児に励んでいました。最後のひと押しの面倒を彼女がひき受けてくれれば、万事解決なのですが…。
そんなにむつかしいことではなく、母を恋しがって袋の中の乳を飲みにくる時、ただ黙って見守ってくれればよいのです。乳は体だけでなく、心の栄養ででもあるのです。
初め、追われる姿を見てむつかしいかなあと思えましたが、知らぬ間に受け入れてもらえるようになっていました。双児でもない子同士が、仲よく袋に顔を突っ込んで乳を飲んでいる様は、なかなか愛らしいものです。
こんな”赤ちゃん乗っ取り”なら大歓迎ですが、まずは例外的です。群れの構成員であったことと社会性の強さが幸いを招いたといってよいでしょう。