でっきぶらし(News Paper)

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あらかると【乾草入れで保定されたシカ】

 時として、動物は私達飼育係が予想もしない事故を起こし、慌ててしまう事があります。
 ある日の事、いつものように掃除にアクシスジカ舎に行くと、小屋の中からクッフと妙に荒い鼻息が聞こえてきました。あれっ、オス同士がケンカでもしているかなと思いました。(ちょうど発情期)が、オス二頭は外に出ていました。
 小屋の中を覗くと、シカの後部が見えます。いつもそんな時は声をかけて外へ出すようにしています。そうしないと暴れて足の骨でも折りかねません。
 そう思い、二度、三度声をかけてみましたが、何ら状態は変わりません。おかしいなあと静かに小屋の中に入って行くと、なんと首から先が乾草入れのわずかな隙間に入り込んで、身動きが取れなくなっていたのです。
 いつもだとちょっと体に触るだけで飛び上がって逃げるのに、全く動けません。完璧な保定です。飼育係が何人集まろうとこんな芸当はできません。
 首から上がきれいにはまり込み、前後の足はのびきって、頭は柱にぴったりくっついた為にこんな状態になったのでしょう。それが幸いし足にどこも異状はなく、ペンチで乾草入れを壊したら、大急ぎで運動場へ飛び出して行きました。
 しばらくして、落ちついてじっくりそのシカを見ると、長い間頭を下げていた為か、顔面はうっ血を起こし、大きなつぶらな瞳はキツネの目のように細くなっていました。
 日が経つと、口の両側の皮がむけて赤くただれました。きっと、はさまった時にもがいて皮をかなりこすったからでしょうが、それぐらいで済んで本当に幸いでした。
乾草入れも直したので、二度と起きないでしょう。しかし今度の事でびっくりしたというより、あんな風な、完璧な動物の保定法があるものだと、それは妙に関心させられました。
(池ヶ谷正志)

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