73号(1990年01月)15ページ
動物園こぼればなし 〜 待ちに待ったオオアリクイの赤ちゃん 〜
今日こそは必ず生れるだろうとの期待も毎日のように裏切られ、気力も失いかけ弱気になりかけた9月29日の朝4時、また今日も駄目だろうとアリクイ舎のドアを開けた瞬間、強烈な血の匂いが鼻をつきました。急いで灯りをつけると通路といわず寝部屋といわず血だらけ、壁にまで血が飛んでいる。しかも子の姿が見えません。「しまった」という思いと同時に、全身から血の気が失せて鳥肌がたちました。
思いなおして寝部屋に入り、親の尾を持ち上げると腹の所に子がもぞもぞ動いていました。既に臍帯も切れ、身体も乾いていました。
さっそく子を母親の乳首につけ介添授乳を試みると、子は乳首を探して吸いだしました。なかなかうまく乳首をくわえることはできませんでしたが、とにかく自分で飲む意欲があって安心しました。
それにしてもかなりの難産だったようで、母親は疲れきっている様で、朝方は子を気にしている様子が見られましたが、時間がたつにつれ、子の面倒をみる余裕がなくなってしまいました。
2日間そんな状態が続きましたが、3日目から急速に体調も回復して目つきも穏やかになり、落ちつきもでてきました。
子は大きくて逞しく体重1.6kgと特大でした。日増しに乳の飲み方も上手になりました。アリクイの乳の飲み方は舌を口の横にだして置き、口先で吸いついて飲むという変わった方法です。
アリクイ自体、不思議な動物で2月26日に1頭出産したのですが、頭部内出血で4日後に死亡してしまったのです。今回の出産は、前回の出産より216日目、妊娠期間は約190日と云われていますから、出産後わずかの日数で妊娠したことになります。
7月中旬、乳腺の張りに気付いたのですが、まさかと思い、自信はありませんでした。その後も大きくなり、8月11日には乳汁も出て妊娠はほぼ確実と思われました。ただし、出産予定日の見当がつきません。とにかく前回のような失敗は許されません。そこで寝部屋の壁にはゴムを張り、床にはベニヤを敷き、9月に入るとオスと別居させました。
動きが鈍く、日中寝ていることが多くなり、出産が近く思われました。待てども生まれず、暑い夏から準備して涼しい秋になってしまいました。しかし、生まれて見れば、そんな苦労も忘れてしまい、今は元気に育っている姿を見て、楽しくて仕方がありません。
子が腹いっぱいミルクを飲んで母親の背中に乗っている格好は、可愛くもあり、ユーモラスでもあります。
子の名前はスペイン語でお嬢さんの意味の「ムチャチャ」と名付けました。名前のように淑やかに育ってほしいものです。
(飼育課 後藤昭)