73号(1990年01月)5ページ
アクシスジカを語る【角の変化】
角は、必ずしも一度に二本とも落ちる訳ではありません。時には二〜三日のずれが生じることもあります。
分っている私達は、何ともなく受け取っていますが、お客様にはとてつもなく奇異に写るようです。二本ある筈の角が一本しかないのですから、無理ないのかもしれません。
「まあ、可哀想」「なんて、ひでえことをしゃがる」(誰がやったというのかな!?)一本しか落角しなかった時、それを誤解された時のお客様の言葉です。
角の生え代わりのシーズンが決まっているホンシュウジカに比べ、アクシスジカは個体によってまちまちです。それが、より誤解を招く要因にもなっているようです。
そんな誤解を微笑んで聞いて見ていられたのは、オスが健康な内だけでした。次にくる体力の消耗がはっきり予測できるようになると、不安ともの悲しさが交錯するようになりました。
一本一kg近くあった角も年々軽くなり、特に晩年衰えが顕著になると、角は変型する兆しすら見え始めました。伸びきらず、伸びきらぬ内に角の袋は乾き、その皮もすっきりむけきらず…。
変型とまではゆかず、まだ少し小さくなっただけの内は若オスのチャレンジを受けても蹴散らす力はありました。でもそれは最後の勇姿でもありました。
変型が顕著になってからは、びとい。拍車をかけて体力は衰え、若オスのチャレンジに一発で負けたというより、もう向かってゆく気迫さえなかったようです。
往年の勇姿を知る者にとっては、あまりにもの落差に同じシカだとはとうてい思えなかったでしょう。そっとしておいてやろう、できるだけ仲間と一緒においてあげよう、次の担当者の精一杯の思いやりでした。
もう立つ力もなくなって入院したのは、昨年の秋。そのオスは、入院した翌日に死亡しました。
いくらシカの寿命はそう長くないとはいえ、十二才ぐらいでの死亡はやや早過ぎたきらいがなきにしもあらずです。でも使命はきちっと果たしました。