74号(1990年03月)3ページ
ペンギン物語
陸地をヨチヨチ歩き、プールに入るとものすごいスピードで泳ぎまわるペンギンは、動物園の中でも人気者です。
ペンギンにとって湿気の多い梅雨時や、暑い夏は、大の苦手です。つまりこういった時期には肺にカビがはえる病気にかかりやすいのです。ですから私達は、新しく飼育するようになった個体やヒナ達には、時にこの時期は注意深く観察するようにしています。
当園ではフンボルトペンギンを開園当時から飼育してきました。開園三年目ぐらいから産卵、ヒナ誕生が見られるようになりました。しかしヒナはなかなか育ちませんでした。
その為一九七七年四月九日にふ化したヒナをとりあげて、飼育係が親がわりになって育てることにしました。ペンギンは、魚を食べ、半消化したものを吐き出してヒナに口移しで与え、育ててゆきます。そこで、私達はアジを包丁で細かくカユ状にし、注射器に入れヒナに与える方法で給餌を行ないました。名前は「ロッキー」と命名されました。
ロッキーは、順調に大きくなり、ペンギン池にもどされ、仲間ともトラブルなく馴じんでゆきました。それでも人の手で大きくなったロッキー君は、担当の渡辺飼育課員が、ペンギン池のふちで呼ぶとスーと近づいてきてじゃれている光景が印象的でした。
その後も何度か人工育雛を試みましたが、長いものでも十一ヶ月で死亡してしまいました。
ロッキーは月日がたつにつれ、立派なペンギンへと変身してゆき、交尾行動が見られるようになりました。しかし、最初のうちはなかなかうまく交尾できず、担当者はヤキモキしていました。「やっぱり、人工育すうじゃダメなのかな!!」とも思ったりもしました。
そして、一九八三年二月八日、交尾を確認し、ニ個産卵し、抱卵にはいりました。いよいよロッキーもおとうさんになるんだとワクワクしながら待っていたところ、四月二十五日破卵してしまいました。ふ化寸前のところまでいっており、どうやらロッキーが抱卵中に、抱卵しそこなってしまったようで、またしてもガックリでした。
物事思うようにいかず、翌年の三月中旬、ロッキーとペアを組んでいたメスが食欲不振に陥り、三月二十二日に心筋梗塞、肝炎胃潰瘍で死亡してしまいました。
ロッキーはまたしても一人ぼっちになってしまったかと思っていたところ、他のメスとしっぱり夫婦となり、一九八五年五月ニ十四日産卵し、抱卵にはいりました。しかし、この時もふ化しませんでした。
一九八六年再びこの夫婦で産卵、抱卵がなされ五月二十日はし打ち(卵殻がわれ、ヒナがふ化し始めたこと)が始まったのでとりあげ、ふ卵器に移し、翌日一羽、翌々日一羽ふ化しました。しかし、五月二十六日に一羽死亡、残り一羽も七月九日、カビ性肺炎で死亡してしまいました。
そうしているうち、八月二十三日朝、突然、ロッキーのつれあいのメスが肺出血で死亡するという悲しいでき事があり、またまたロッキーはひとりぼっちとなってしまいました。
しかし、これでめげるロッキーでありませんでした。十一月末にペアで京都から来園したメスを奪い、ロッキーはペアを組むようになりました。その後、このペアで産卵、抱卵がみられましたが、なかなかふ化に至らず、見ている私達もどうにかしてやりたい思いでした。
一九八八年十二月二日ロッキーもとうとうおとうさんになる日がきました。一羽は二週間後に死亡してしまいましたが、一羽は順調に大きくなりました。
これからこのペアで二回繁殖がみられ、ロッキーもオスとしての役割を立派に果たし、巣穴をしっかり守って他のオスを絶対に近づけませんでした。
今年三月二十四日朝、担当の鳥羽飼育課員がいつものように給餌の為、ペンギン舎にいくと、ロッキーのつれあいのメスがあばれて巣穴にとびこんだと連絡がありました。急いで入院のしたくをしていると、「ダメだ」とペンギンをかかえてやってきました。あっけない死でした。この時まだヒナは小さく、ロッキー一羽で育てていってくれるか不安がありました。
しかし、ロッキーは、立派にこのヒナを育てあげてくれました。ロッキーのペンギンとしての成長ぶりに頭が下がる思いでした。
けれど、やはり親一羽での子育ては大変な重労働で、もともと足が悪かったのですが、ますます、跛行するようになり、身体も一回りも二回りも小さくなったように思われました。
こうなってくるとオスとしてなわばりを守る力も弱くなってくるようで、ロッキーの巣穴に近づくこともできなかった他のペンギンがジワジワ近づいていく様子が見られるようになりました。
五月上旬、決斗が行なわれました。相手は以前ロッキーに自分のメスを奪われた京都育ちのオスでした。思いっきり翼でお互いの身体をたたきあい、とうとうロッキーは負けて、プールの中に落ちてしまいました。
その後、ロッキーの巣穴は奪われ、ロッキーとヒナは、しかたなく、他の所で休んでいる光景が見られています。たぶん、ロッキーがメスを奪ってペアを組むことは、もう無理なような気がし、新ためて力関係の冷酷さを感じました。
かわいいしぐさをするペンギンの社会にもこんなきびしさがあるのですヨ。
(八木 智子)