77号(1990年09月)2ページ
あらかると
★八度目の正直
当園のアクシスジカ舎には、出産が可能なメスが、母親とその娘達と合わせて計四頭がいます。その中の一番上の娘が八回目の出産をしました。
何だ、書く程の事じゃないとお思いになるでしょう。が、この娘、八回目にしてやっと子の面倒を見るようになったのです。過去の七回は全て失敗。育児放棄の常習犯でした。
初産の時は、子を見たとたんびっくりして声にならぬ声をあげて逃走。それでも徐徐にながらも、回数を経るに従って多少の成長はありました。子を舐めるぐらいの事はするようになったのです。
更には、子の体が乾き立ち上がるようになるぐらいまでは一緒にいるようになりました。カメのような歩みの進歩ながら、前々回辺りよりこれはもしかしたら、とそこはかとない期待を抱かせてくれるようになりました。
と思いつつも、八回目の出産予定日が近づくにつれ、どうせ育てっこないという気持ちにどんどん傾いてゆきました。大きなお腹を見るにつけて人工哺育するこっちの身にもなれ、そんな気持ちになってゆきました。
出産したのは、私が休日の時。で、その翌日に部屋の中で座っている子を抱き上げると、今までと違って全身に力がみなぎっている感じでした。これはミルクを飲んでいる!!と確信できました。
外へ放してやると、走り出して運動場の隅へ。すると、親がすうっと近寄りお尻や体を舐め回した後ミルクを与えました。又、子の後をついて回り、行動に不安を覚えると声をかけたりします。今までが、全くウソのようです。
それにしても、人工保育で育ったのならいざ知らず、母親に育てられたのに子育てをしないなんて予想だにしないことでした。これも、動物園で飼育されている為のひずみでしょうか。
この娘を初め、数多くの出産を重ねていた母親は、昨年から今年にかけて出産に失敗しています。寄る年波はいかんともしがたい中で、今回娘の子育ては将来に希望を抱かせます。
ですが、本当の汚名返上は次回にかかっている。と言えるでしょう。たまたま母性愛の神経回路がつながっただけなのか、本当に目覚めたかです。
やっぱりバカだったと言われないよう、次回もガンバレ!!ガンバレ!!
(池ヶ谷 正志)
★担当替え
一般の会社等で配置替えや異動があるように、動物園ででも三年に一度担当動物の交替があります。で、今年の九月がちょうどその時期でした。
自分は次は何処の担当になるか、あるいは誰それは何処へゆくか、等の話題で飼育課内はしばし賑わいます。しかし、中には簡単に替えられない動物もいます。ゾウとか類人猿がそうです。
あんな大きな図体をしたゾウをいきなり担当して下さいと言われれば、誰だって、いやですよね。小ゾウならまだいいかもしれませんが…。
中には、大半の動物を担当した経験を持つ人もいるのではないでしょうか。私の場合は、動物名を上げても数種類で終わってしまいます。
担当替えの発表があって二週間後に実施ですが、それまでの間におのおのが時間を空けて次に担当する動物舎の作業の手順等を実習にゆくのです。これをしっかりやっておかないと、動物が放飼場に出なかったりすることがあるだけでなく、時には事故を招くことがあります。
かなり以前、シカ舎を担当した時のことです。替わった次の朝、前任者と同じようにシカ舎の放飼場に入ったのですが、清掃を始めた途端にシカの子は暴走し、そのままフェンスに激突して死亡した、そんな苦い経験があります。
動物は、いつも担当者の動きや仕草を見ているのです。慎重に行動しないと事故は起きます。初心に返って飼育することが、最も必要な時でしょう。
(佐野 一成)