79号(1991年01月)4ページ
動物病院だより
「リーン」と早朝から電話のベル。何事かと受話器を取るとあわてふためいた後藤飼育課員の声が、耳にとびこんできました。「おーい、生まれちゃったよ。はやすぎる。小さい感じがするよ。まいった、まいった。」と矢つぎばやにしゃべり、受けた私は答える間がありませんでした。
その日はちょうど私の休みの日で、食事の支度をしている時だったので、とり急ぎ、ガスをとめて支度を中断し、動物園へ向かいました。
話の主人公はオオアリクイ。前回の子供は、一昨年の九月二十九日に生まれています。当園では、その前に同年の二月に初めてオオアリクイの出産があったのですが、その時は、寝室のコンクリートの壁に子の頭がぶつかり、脳内出血で死亡していたのです。
そして、二度目の時には、壁にゴムをはったり、出産の一ヶ月以上前から早出して観察を続け、九月二十九日、無事出産、子も順調に大きくなりました。無事といっても、出産時、かなりの出血があり、メスの体調が最初は思わしくなく、心配した時期もありました。
今回3回目ということになり、九月二十六日に交尾行動がみられていた為、出産は今年の三月中旬すぎ頃と唐?でいました。だから、出産の準備もまだなにもなされていませんでした。
「早産かもしれない、二月の時みたく、頭をぶつけていたらどうしよう」いろいろな事を考えながら運転し、オオアリクイ舎のところまで行きました。
さっそく、部屋の中をのぞくと、後藤飼育課員がニヤニヤしながらでてきました。「親が前回の時に比べておちついたもんさ、餌もペロリと食べたし、子も元気そうだよ。」と、朝一番の電話の声はなんだったろう。不安は一度にふきとんでしまいました。私も母親の様子をみてみると、確かに落ちついており、前足をあげ、さあここにおっぱいがあるからおいでと言わんばかりのしぐさをして、子を中にさそっていました。
翌日、体重をはかってみると(簡単にこう言いますが、母親の背にのっている子をとりあげて計りにのせるのですから、母親と担当者との間に信頼関係があければできません。)1.5kgありました。小さいと思っていましたが、前回と同じ、まあこれで一安心。授乳も確認できて、第一の山は越えました。
さて、次は名前です。九月生まれのメスには、スペイン語でお嬢さんという意味の「ムチャチャ」という名前がついています。今回もスペイン語でということになり、赤松次長にいろいろ調べてもらいました。今回の子供は、オス。そこでハンサムと意味の「ボニート」に決定しました。当園の動物達の中でこんなに懲った名前をもっている動物は少なく、だいたいが、担当者のひらめきで、命名されています。
こうしたおめでたい話ばかりですと、気が楽なのですが、そうばかりうまくはゆきません。この時期は、やはり風邪が流行する時です。今年はインフルエンザがあまり流行していないと聞いていますが、当園では、やはりチンパンジー、オランウータンといった類人猿が「ハックション!!」とか「ズーズー」といった鼻汁の音をたて風邪気味となりました。
当園のチンパンジーには、今年二才になる「ピーチ」がいます。前にたった四ヶ月令で風邪がもとで死亡するという苦い経験を持っているだけにこの時期は、ハラハラ、ドキドキなのです。人工哺育ですと、比較的簡単に投薬できますが、自然哺育ですと、少しでもおかしいと疑われたら、近よってもきません。ですから我々は、彼女の体力にひたすら頼っている感じで「頼むよ。ひくなよ。」とか、「がんばれよ。」とか、そんな思いでいます。今のところ軽くすんでくれてホッとしています。
今回は、マレーバクが咳をしたり、鼻汁をだしたりで、日誌の記入欄には、毎日毎日、バクの名前がでてきています。毎朝、バク舎に寄っては「おはよう、餌の食べ具合はどう?」のあいさつから始まっています。
バクは、リンゴが好きなので、その中に薬を入れて与えています。最初のうちはいいのですが、徐々に変なものが入っているなと感じると食べる前にまず臭いをかぎます。続いておそるおそる口に入れ、モグモグやりながら、口の中で選別して、薬だけポロリと外へ、あんなに器用だとは思いませんでした。
口からの投薬ではむつかしいとなれば、なんとかと注射に切り換えてみます。担当の鳥羽飼育課員にバクの身体をこすってもらい、気持ち良さそうに横になったところを一気にプスリ。このタイミングがむつかしいのです。いたいとわかれば、すぐに立ってしまい、投薬は無理。がまんしてネ。はやーく春が来て!!
(八木 智子)