82号(1991年07月)3ページ
実習を始めて
(東海大学 奥田 裕子)
日本平動物園へ実習に来るようになって、早一ヶ月が経ちました。実習を行なうに当たり、「動物園での社会教育の現状を調べる」というテーマを持っていましたが、いざ、実習を始めてみると、言われた作業を行なうだけで精一杯であり、しかも使い慣れない竹ぼうきや菜切り包丁などでの作業は、飼育係の人の二倍も、三倍も時間がかかりました。中でもホースを使っての水洗いが曲者であり、ホースの先をちょっと下へ向ければ、長靴の中が水浸しになり、近くの壁へ向ければ、跳ね返った水を頭からかぶってしまいます。
★初めての実習
ゾウの運動場へのドアを開けた途端に、待ち構えていた様に、長い鼻がニュッと伸びて来ました。「変なヤツが来たゾ!どんなヤツだ!」とばかりに、まるで蛇のように伸びて来る鼻を避けて一歩を唐ン出すと、目の前に壁、思わず見上げると、大きな目玉がギョロリと動きました。遠くから見た時の優しそうな目からは想像もつかない怖そうな目に、思わずギョッとしました。
担当者が号令をしている時に、ダンボが私の方を横目でジロジロと見ながら素知らぬふうを装って、ジリジリと近づいて来ました。あと少しで鼻が届く距離となった時、私の顔は強張り、逃げ出したくなりました。何しろつい最近他の動物園でゾウによる事故があったばかりであり、相手は頑丈で力強く、体重が三トン以上もあるのですから怖くないはずがありません。しかし、担当者の「ダンボ、退がれ。」という号令で、それ以上は近づいて来なかったので、次第に落ち着きを取り戻しました。
二日目は、シャンティに号令をかけて、あいさつをさせる様に言われ、緊張しながら、「あいさつ!!」と言ってみたものの、シャンティに素知らぬ顔をされ、担当者に助けを求めると、「シャンティ、あいさつは」の一言で、あわててあいさつをしました。こればかりは指をくわえて見ているだけかと、あきらめかけた次の日、もう一度やるように言われ、号令をかけると意外にすんなりと従いました。うれしくて顔をほころばせながらも、昨日の事があると、本当に私の号令に従ったのか半信半疑でした。
その次の日、シャンティは私の号令であいさつをしたものの、食べてよしと言っても、食べたそうに餌の所へ鼻を持っていくだけで、食べようとしないのです。担当者が見かねて「シャンティ、食べていいぞ」と声をかけると、初めておいしそうに食べ始めました。どうやらあいさつをしないと餌が食べれないことを知っているので、あいさつはしたものの、担当者のお許しが出ないのに食べると怒られると思い、待っていた様です。結局、私の号令は無視されたも同然だったのです。(残念!!)
★頭上注意
「背中に爆弾を落とされたな。」飼育係の人に言われて、そういえばリスザルの部屋を掃除していた時、生暖かい物がポットンと…。
まさかリスザルが襲って来る事はないだろうと高をくくり、周りを気にせずに下を向いて作業をしていた結果が、これです。しかも落ちてくるのは糞だけではありません。尿はもちろんの事、何の前ぶれもなく、背中にドンとリスザル自身が飛び乗ってくるので、びっくりして悲鳴をあげるところでした。
リスザルだけではありません。サイサョウは掃除中に部屋中をバサバサと飛び回り、私の真上へ来ては、こちらを見ながらボッチョン・ボッチョンと糞を落としていくという始末なのです。
★威嚇する動物
「おいおい、邪魔だよ。」と声をかけた途端にビクッとして背中の針を遂出て、背中を押し付けてくるのはヤマアラシ。あの鋭い針に刺されてはたまらないとちり取りを盾にして、ほうきでどけようとすると、またブワッと針を逆立てて来ました。
次の日も同じ結果に終わり、これでは掃除にならない、何か良い方法はないかと考えながら掃除をしていると、水を流している時だけはおとなしい事に気が付きました。それならと掃除中に水を流しっぱなしにしておくと、その日以降は、掃除の邪魔をされずにすみました。
この様に、掃除中に威嚇してくる動物もいれば、逃げ回る動物もいます。意外にも、あの大きなワシミミズクは、私がドアを開けただけでバタバタ、ドーンとすごい勢いで、頭から窓ガラスへぶつかって行きました。今までは健康面から言って、丁寧に掃除をした方が良いと思っていましたが、この事から動物が興奮している時は、素早く終わらせた方が良いと思うようになりました。
★動物園の裏の動物
動物園には展示されている動物、そして怪我をしたり、違法に持ち込まれるなどの理由で保護された動物の他に、これらの動物の餌となる動物としてヒヨコ、ネズミ、ミルワーム(虫)などが飼育されています。そしてこれらを殺して与えたり、生きたまま与えています。動物の中には、生きた動物しか食べないものや、動物の内臓を必要とするものがいます。その為、どうしても生きた餌を必要とする訳ですが、頭で解っていても気が重くなります。動物を生かす動物園だと思っていましたが、動物を殺さなければならない事もあるというのは、意外でした。まあ、自然界では当然のことなのですから、別におかしい事はありません。
このように、いろいろな体験をさせて頂き、本当にありがとうございました。九月十四日まで実習を行なう予定ですので、今後とも御指導の程、よろしくお願い致します。