84号(1991年11月)2ページ
さるの話題を追って【シシオザルの人工哺育】
シシオザルが妊娠しているらしい、そんな情報に接したのは昨年のまだ春先のことでした。個体がまだ若く、かつ来園してからそう日にちも経っていなかったので半信半疑でしたが、お腹はぽってりしていて一応信じてもよさそうでした。
ではいつ頃生まれるのかな、と思いつつ話題も途切れかかった頃に出産。しかし、出会った場所は病院の保育器の中でした。
そう、断なく私達を悩ませてきた最悪のケース、母親は子を抱かずに捨て去っていたのです。発見された時、子は排水溝の中で横たえ、かなり体は冷たくなっていたそうです。
急いで体をお湯で暖められ、かろうじて元気を取り戻した姿に私は接したのです。で、ちょうどミルクを与えるところでした。
若い飼育係の何もかも新しい体験、哺乳する手つきがいかにも不慣れそうでしたが、目は真剣そのものでした。新しい小さな生命を育む、そう意気込んでる様がありありでした。
周囲は、私を含めて必ずしもそうではありませんでした。いえ、それどころか一面では冷え冷えとした気持ちを抱いていたでしょう。
シシオザルは、シシオザルが大きくしてこそシシオザルです。ヒトが大きくしてしまえば、自らをヒトと思い込む変なサルが一匹できあがってしまうだけ。今までの経験でそれがいやと言う程身に沁みていましたから―。
担当者は信じようとはしませんでした。いつか母親の元へ復帰させることを夢みます。できない筈はない、きっとやってみせると。
あまり夢を砕いては、よくないでしょう。そうです。数少ないながらも群れに復帰させられたケースはあるのです。若い飼育係の頑張りに期待しましょう。