でっきぶらし(News Paper)

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日本平の好記録・珍記録 〜 アメリカバイソンの出産数 〜

 日本平動物園では、昭和44年の開園後、姉妹都市のアメリカ、オハマ市より、若い一番のバイソンの寄贈を受け、それ以来飼育し続けています。そして今まで繁殖も順調で、多くの子供達が日本中の動物園等に引き取られていきました。そこで、日本平のバイソン繁殖史を調べてみました。
 繁殖開始から、平成3年11月までの19年間に、3頭のメスが25頭の子を出産しました。それらの出産を現わしたのが右の表です。

[年] [シズカ] [メリー] [ナオコ]
1973 ♀(メリー)
1974 ♀
1975 ♀
1976 ♂
1977 ♀(死産) ♂
1978 ♀ ♂
1979 ♀ ♀
1980 ♀
1981 ♂
1982 7/31死    ♀(ナオコ)
     (妊娠末期)  
1983
1984 ♀
1985 ♀
1986 ♂ ♂
1987 ♂
1988 ♂ ♀
1989 ♀ ♀
1990 ♂
1991 ♀ ♂
[ 計 ] [♀7(1死)] [♂7 ♀6] [♂3 ♀2]

 まず、オハマ来たシズカは7頭生みました。1頭死産がありましたが、生んだ子が全部メスというのは、これはもう珍記録といえるでしょう。シズカの長女のメリーは13頭出産しました。メリーは、すでに19才を越えています。バイソンの長期飼育記録を調べてみますと、ロッテルダム動物園の22年10ヶ月、ワシントン動物園の26年等がありますが、このメリーの19年も、日本国内ではおそらく1、2番目位の長寿記録ではないかと思われます。そかもそんな高齢なのにまだ出産しているというのも驚きですし、13頭という出産数もこれまた日本一ではないかと思われます。ただメリーは、近年、年のせいか出産が長びき難産となり、我々が手伝わなければならない事が何回か起きているのが少し気がかりです。
 ナオコはメリーの6番目の子です。今まで5頭の子を生んでいますが、最近、出産時期がズレてきています。普通は、5、6、7月頃生れるのですが、ナオコは、9月や10月、今年はなんと11月末でした。こんな遅い時期の出産はこれまた、珍記録になるでしょう。
 これら3頭のメスが生んだ25頭の内1頭の死産をのぞくと残りの24頭全て無事育ったというのも、これは好記録ではないでしょうか。
 ただ、昔と違って今では日本中にバイソンがあふれ、生まれた子の引き取り先をさがすのに苦労しています。その為、繁殖制限を考えざるを得なくなりそうです。出産記録は作りたいけれど・・・。いたしかゆしといった所です。
 ところでバイソンと言うと、我々には初代オスのオマハから来た、ネブラスカラッドを忘れる事ができません。基底細胞癌という皮膚の癌との1年余の闘病の後、小山のようだった体がやせさらばえて死んでいったのは4月初旬。そしてそれを追うように4ヶ月後の7月末に、妊娠末期で母子共に死んでしまったメスのシズカ。単なる偶然だけでは片づけられない何かを感ぜずにはいられませんでした。
(三宅隆)

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