でっきぶらし(News Paper)

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オランウータンを語る?V(クリコ・育児への道)【育児放棄】

 クリコが一時的にしろ自らの手を離れてゆく、オリ越しにしか接しられない、それを耐えたのは何たって繁殖への夢です。この手でオランウータンを抱きたい、飼育係なら当然持つ夢でしょう。
 交尾より、性周期の把握に心を砕きました。他園の例を見る限りでは、最終交尾は全くあてにならず、最終月経をいかに見逃さないかでした。それを見落とせば、出産予定日は立てられません。
 この時季に入って、私が何より興味を抱いたかと言えば、女性の体の仕組みです。無排卵性うんぬん、基礎体温うんぬん、黄体ホルモンうんぬん、等です。
 オランウータンと何の関係がある?おおありです。ゴリラもチンパンジーもそうなのですが、仕組みはヒトと何ら変わらないのです。関心を抱き勉強しなければ、変身したクリコを理解できなくなるのです。
 そうして待つこと一年余り、何の変哲もない日々を繰り返す中で、何かしら変わった雰囲気が漂い始めました。幾度となく観察できた交尾が、とんと見られなくなったのです。
 慌てて日誌を組解きました。あれほど気を配っていた月経の確認も、三回に一回は見落としていました。と言うのも、彼女達の出血はあまりにも少ないのです。
 それでもなんとか確認できた、最終月経であろう四月三十日。他園の例を当てはめれば、それより二百六十日を経た頃が出産予定日になります。とすれば、翌年の一月半ばに出産が期待できます。
 妊娠は、ほぼ確実。オスと分け、ひたすらその日を待つ中、クリコは一月十五日に予定通りに出産しました。しかし、私達が手にしたのは冷たくなった子でした。
 クリコは、育児を放棄したのです。生まれた子を自らの腕に抱こうとはせず、冷たいコンクリートの床に打ち捨てたのです。将来に暗雲を投げかけたのは言うまでもありません。

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