86号(1992年03月)4ページ
あらかると【オランウータン・ジュンのゆううつ】
室内展示場とは便利なものです。開園一時間ぐらい前に収容しても、お客様に迷惑をかけることはありません。
ガラス一枚隔てたところで食事の光景などを見たりできるので、返って屋外にいる時より人気があるぐらいです。と言っても見られる側、類人猿舎の住人のオランウータン、ジュンの場合、これはかなり苦痛のようです。
一日の観光サービスを終えて食事に戻ってくれば、屋外よりもっと近くに人の姿。その為でしょう。食事の際に様々な行動が見られます。幾つか目立つのをあげてみましょう。
プレッシャーが軽いと思われる場合は、オレンジ、バナナ、パインの皮をくちゃくちゃ噛んでガラスの淵へ並べます。次は、バナナ、ニイモなどをよく噛んだものを覗き込んで見ているお客様の目の前で、くいしばるようにして歯の間から押し出し、それをガラスに唇で糊状にして塗りのばします。
もっとプレッシャーが強くなってくると、お客様から見てもっとも遠いところへ行き、背を向けて食べてしまいます。あるいは、入室すると餌を全部腕でかき集め階段の下に行ってしまって、そこで食べてしまうので、お客様には見えず、いないと思われてしまいます。
最悪のケースは、室内展示場に入りたがらない、室内展示場以外の部屋の扉を開けるとすぐに入室する、です。そうですよね、人でも食事中を他人にじっと見られていたら、食べた気なんてしませんよね。
ましてや人に次いで頭のよい類人猿。神経も繊細でしょうから、人と同じプレッシャーを感じても不思議はありません。
ジュンがのびのびするのは、閉園後室内展示場の観客通路の扉を閉めてからです。フロアヒーターの入った暖かい台の上で、座ったり、仰向けに寝転んだりして、少しばかり残った餌を食べてゆったり気分の姿を見ていると、凄い精神的ストレスを受けていたのを改めて思い知らされます。
しかし、お客様に見てもらうのがジュンの仕事です。このストレス解消のいい薬、どこかにないものでしょうか。
(池ヶ谷正志)