でっきぶらし(News Paper)

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あらかると【代番の悲劇】

 動物達は、担当者とその代番者に多少であれ差はつけるものです。類人猿になると、それは著しく表に出してきます。
 ゴリラの代番になって数年が過ぎ、通常の作業ではその差をそう感じることはなくなりました。が、時にいつもと違うことをやろうとすると、なんとか聞いてくれるまで、やはり担当者と違ってしばらくの時が必要です。
 その担当者が、出張でやや留守をした時のこと。オスのゴロン、二、三日の間は何の変化もなかったのに、四日目の朝辺りから明らかに様子が変になってきました。
 いつもはミルクを持って行って呼ぶとすぐに飲みにくるのに、台上で寝転んだままなかなか来ようとしません。初めは体の調子でも悪いのかとも思ったのですが、そうでもなさそうです。しばらく呼び続けてやっと来ましたが、目が不安そうです。
 ミルクを遊びながら飲み、リンゴやバナナの食べ方も雑、放飼場へ出る時も体を重そうに引きずり、なんだかつまらなそうで「なんでお前が俺の世話をするの」のような表情でこちらを見やり、それが一日中続きました。
 そんな彼ですから、手足に傷を負った時に担当者が苦もなくやれる消炎スプレーも、今でこそ素直にさせてくれるものの、そこに至れるまでかなりの時間を要しました。
 呼ぶとすぐに返事をし動くには動くにですが、私の視界より外れた所へゆき、そこでしばらく動かなくなってしまいます。なおかつ呼び続けると、やっと出て来てスプレーの液が届くか届かないぐらいの微妙な位置でちょっとひと休みです。その内床に横たわり寝返って、やっとスプレーの液が届く所へ傷口を持ってきます。
 この一連の行動を見ていると、担当でもない私に素直に言う通りになるのには彼のプライドが許さないみたいで、たまたま寝返ったら傷口が消毒スプレーがかかりやすい所へいったので、やりたければやればみたいに受け取れます。これは私のひがみでしょうか。
 これも、通常の代番作業に組み込まれて習慣となると、彼も呼べはすぐに消毒しやすいようにすぐに傷口を出してくれるようになります。こちらの意図にすぐに反応して思う通りに行動してくれれば、代番作業もスムースにいって楽しいのですが…。
(池ヶ谷正志)

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