98号(1994年03月)10ページ
実習を終えて 北里大学獣医畜産学部四年 小樽山正子
私にとって、動物園の獣医師は憧れであり、今回の実習はとても楽しく、充実した二週間でした。実習の御指導をして下さった病院の方々を始め、日本平動物園の皆様に感謝の気持ちを込めて、この記事を書かせて頂きます。
動物園での獣医実習は昨年の秋にオープンした新動物病院で行い、私は幸運な事に、ここでの初の実習生となりました。病院というと、白衣に聴診器を想像するのですが、動物園では作業着に無線機のスタイルです。そこで、私も牧場実習以来の紺色のつなぎを着て臨みました。
病院では、一般の人から保護されてきた野生の鳥や獣、園内の入院動物、検疫中の動物等が飼育されています。これらの動物の世話が、私の最初の実習でした。初めのうちは、新顔に動物達も警戒し、私の方も恐る恐るで、特にオオタカやハヤブサの部屋は、入口ばかり磨いていました。こんな私も二週間のうちに、つなぎ&長靴姿が板につき、デッキブラシにホースで掃除、出刃包丁で餌作りが、すっかり日課になっていました。世話をしながら声をかけたり、少しずつ触ったりしていると、動物も大分慣れましたが、仲良くなりかけたころに二週間が過ぎ、とても短く感じました。
次に遊びに行く時は、元気になって退院している事を願いますが、もうお別れと思うと淋しかったです。毎日の動物の世話は大変ですが、動物の好きな私にとっては、決して辛い実習ではなく、むしろ飼育を通して飼育係と動物との間に生まれる信頼関係の素晴らしさを僅かですが、完成しました。
検疫中の動物にミミセンザンコウという耳なれない動物がいました。検査室は獣医以外は立ち入り禁止で、私もその姿こそ見ていませんが、アルマジロに似ているそうなので想像はつきます。そしてこの珍獣の糞便検査では、卵内容が多細胞の虫卵が検出され、再度駆虫をしました。この寄生虫は、線虫類だと考えられますが、きっと珍しい種類に違いないと思いました。珍しいといえば、大変に貴重なスライドも見せて頂き、解剖や手術など興味深いものでした。
私は今回の実習で一つの初体験をしました。それは山羊の出産です。家畜化された動物ですから、珍しくもないのでしょうが、初めて命の誕生を目の当たりにした私は、体中に電気が流れるような感動を覚えました。母親は、たくさんの幼稚園児の甲高い声の中で、動揺することもなく無事に雄2、雌1の計3頭の仔山羊を出産しました。このうち雌の仔山羊には、私の名前からとって‘まさこ‘と名付けて頂きました。しかし、御存知のとおり、山羊の乳頭は二つの為、恐らく競争に負けたのでしょう、‘まさこ‘は生後六日で短すぎる命を終えました。私達は親の乳を搾って与え、体温と点滴で懸命の治療をしましたが、状態は悪化する一方で、苦しがって激しく鳴き、そして体を反る姿は、今でも目の裏に焼きついています。病理解剖は、私も見学しましたが、ひどい腸炎を起こしていました。仕方のない事ですが、そのショックは大きくガックリと肩を落としました。
今回の実習はたまたま、動物の死に直面することが多く、感情的になってしまう私でしたが、もう一つ冷静な見方もできるようにしなければいけないと、反省が残ります。
これらは、私の実習のほんの一部で、全部を書ききれない事が残念です。そして、現在、動物園の抱える問題を知り、私にも何かできる研究があるのではと、新たに遥かな夢を膨らましております。