181号(2008年04月)9ページ
病院だより マレーバク 「頑張ったね!シンくん」
3月のある日のこと。いつも穏やかなマレーバクのシン(オス)が、険しい顔をしています。「ん?おかしいねえ」飼育担当者と、よくよく見てみると・・・・「ひえ〜!顔が腫れてる〜!!」右の顔面が腫れて、まるで「お岩さん」です。「せっかくのイケメンバクなのに」慌てて診察をしてみることにしました。
マレーバクは体重が300〜350kgくらいある大きな動物ですが、体をこすってマッサージをしてあげると、横になって寝るので一緒の部屋に入って治療をすることができます。よく足の裏にささくれを作るので、夕方外(展示場)から寝室に帰ってきた後、足を洗って薬を塗って・・・と足のケアをしています。その間、担当者にマッサージをしてもらい、気持ちよさそうにスースーと寝息をたてて眠る姿といったら、快眠枕のCMにでも出られそうなくらいのものです(枕は使ってませんけどね)。
人間で言えば、ボディとフットマッサージを2人がかりでやってもらい、うたた寝しているような〜考えてるだけでうらやましい状態です(?)。そんなバクの気持ちよさそうな顔を見ながら、飼育担当者とあれこれよもやま話をするのが私の癒しになったりもしています(ありがとう!)。
さて、話を本題に戻しましょう。シンの腫れた右顔を触ってみると・・・どうやら熱っぽく、なにか中で少したまっているような感じがします。「大変!」2、3日前から食べ方がおかしいと担当者が気をつけて見ていたので、その頃から口の中で異常が起きだしていたのかもしれません。すぐに薬をあげることにしました。
食べやすいように小さく切ったリンゴの中に薬を入れてあげると、バクバクバクと食べ始めました(バクだけに)。そうしているうちに、シンに悟られないようにして別の薬を注射します(バレバレですけど)。バクの皮膚は張りがあって結構かたいので、圧力をかけた吹き矢で一気に注射します。1日2回、ぶすっと注射され、さぞ痛かったことでしょう。
「ごめんね、でもシンのためだからね」ところが、このシンくんは本当に性格の良いオスで、注射直後に針を抜く際、「えらいね、よく頑張ったね」と言いながら身体を触ると、「マッサージしてくれるの〜」と思うのか、すぐに腰を落として寝るのです。痛みはすぐ忘れてしまうのか、自分のためとわかって耐えてくれたのか、はたまた単にマッサージされるのがたまらないのか・・・真相はわかりませんが、シンの穏やかな心の広さを感じる場面でした。
2週間後には、だいぶ腫れが治まり、元のイケメンバクに戻ったので、投薬も終了しました。獣医師をしているといつも思うことですが、「動物の病気が治った」という背景には、薬や私達の技量の成果は微々たるものです。飼育担当者の献身的な世話(介護)のバックアップを受けて、なにより動物本人が病気と闘い治ろうとする力こそが、一番なのです。助けられているのは実は私達の側なのです。これからも動物園で働く者として、動物達が健康で快適に暮らせるように、まずは病気にならない健康管理を第一に頑張っていきたいと思います。
(野村 愛)